♯6 友情ですか。③
話の後、ダンテさんに案内されたのは体育館の地下だった。そこは一般生徒には開放せず、風紀と生徒会、そして職員だけが出入りを許されている訓練場だ。俺も今日この時までその存在を知らなかった。風紀同士での手合わせ等はここでするそうだ。中は体育館と程変わらぬ造りで、床には木目がある。しかし壁は地下だからか土壁だった。
滑らかに固められた土壁に、クラウは背を預けて立っていた。ふと、ダンテさんの後ろをついてきていた足を止める。クラウとはあと5メートルと言った距離だ。ダンテさんは構わず歩き続け、クラウの前で足を止めた。何かを二人で話したようだったけれど、俺の元まで声は届かなかった。
クラウが俺に視線を向ける。いつの間にか握っている手のひらに気が付いた。クラウが妖艶に笑む。なんだろう。酷く喉が渇いた。二人の雰囲気にでも気圧されたろうか。そんな気さえ起きる、二人のこのねっとりとした雰囲気はなんだろう。
どこか緊張した空気の中、クラウを見つめる俺。彼はしばらく見ていない気がしていた学校での緩さを醸し出し、小さなボールを何度も放っては手におさめていた。
屋上でダンテさんがいい出した話と言うのは、俺の中にある「力」に関することだった。
『故郷への未練が力を操る邪魔をする』と言うのは不確かであると言うのだ。ダンテさんの言うには、神様は人を騙るのが好きらしい。何かにとらわれることで制御を見失うのは納得できるが、それだけが理由とも限らないし、逆に未練だけを断ち切れば操れるものでもないのだそうだ。俺は呆れるより先に茫然として、それと同時にどうしようもない怒りが沸いた。どれだけ俺が気にしてきたと……!
そしてもう一つ。ダンテさんは俺に、クラウなら力を操るためのアドバイスが出来ると言う。どうやら神子であるクラウの中にも僅かだが神の力があるらしい。俺の中にあるものとは量も密度も違うそうだが、少しは足しになるだろうと言う話だった。創造神が直々に教えるのを面倒くさがり、クラウに託したということも言われた。本当に、この世界の創造神は人任せが過ぎる。次あったらマジで蹴ろうか、なんて考えたのは内緒だ。
「タツミんさ、このボール打ち落とせる?」
突然とクラウは口を開いた。ベージュのボールを手のひらに乗せ、真紅の瞳が細められる。
「まぁ……」
動くものを打ち落とす練習はしたことがある。それを思い出し頷けば、やってみてとクラウはボールを放った。ベージュが弧を描き、俺めがけて飛んでくる。咄嗟に俺は炎弾を形成しようと手の平に魔力を溜め――息をのんだ。不発に終わった俺の炎弾は集束した魔力もろとも霧散する。ボールが俺の肩に当たって地面に転がった。
俺は目を見開き、自らの手のひらを見つめる。
今俺の手のひらに集まろうとしたのは明らかに炎弾一つ分の魔力量を超えていた。俺の意志に関わらず、膨大な魔力によるナニカを形成しようとしていた。俺が途中で発動を止めなければ、また俺は火の海をつくっていたかもしれない。
ぞっとした。操れないことの恐怖を実感する。
「やっぱり」
茫然とした俺に、クラウはそう言い放った。
「なんで……」
「加瀬が外れたんだよ。この前思いっきりやっちゃったでしょ?その時に」
蛇口を一寸捻っただけで噴水が起こるくらいの量が吹き出てしまっている感じ、とクラウは続けた。
「そんな……」
俺はただ困惑する。自分の手のひらを見つめ、いくつか握ってみた。今集まった力は確かに大きすぎた。本当に、俺は危険分子にでもなり果ててしまったのではなかろうか。今までやってきた魔法の訓練だって水の泡みたなものではないか。
困惑して、悔しくて、ただ呆然とした。
「でも、大丈夫だから」
俺はゆっくりと顔を上げる。
クラウはその艶美な顔に微笑を乗せて、俺の元へと歩み寄った。
「俺が壊れた蛇口を直す、手伝いをしてあげる」
僅かに首を傾け、俺の頬に掌を置く。真紅の瞳に映る俺は、どんな表情をしていただろう。細められた瞳ではそれも分からない。俺はただ、深く頷いた。
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