♯6 友情ですか。①
お久しぶりです(汗
精神的に鬱な表現がありますので抵抗のある方は読み飛ばしてください。
小学生の頃の友達が、多分俺にとっての最後の友達だった。近場の公園で遊んだり、一緒に真夏のスイカにかぶりついたり、冬は小さな雪うさぎを作った。幸せな記憶は薄れてしまうけれど、俺の中で数少ない家族以外との思い出は他の人よりも少しだけ鮮明に俺の中にある。
けれど、中学校に上がる間際にその関係は崩れた。
きっかけは些細秘密で、いつの間にか入ったひびが修正されることなく、必然的に壊れてしまった。
隣が空白になったことに気がついた時、俺は悲しみを胸の奥の奥に押し込んだ。
友情とは脆いのだと、俺は幼いながらに理解したのだ。
秘密は知られてはいけない。秘密を持っていることを悟られてはいけない。遠慮と遠慮が生んだ蟠りは、いずれ必ずその関係を破壊する。どんな小さな秘密だって、誰かを守るための秘密だって、悟られてしまえばそこで終わり。
友情は信用だ。そう母さんは言った。信用を失った銀行が成立しないように、信用を失った友情は一瞬のうちに破綻する。すぐに目には見えないけれど、徐々に蝕んで、越えられない溝を作ってしまう。
ああ、もうこんな思いはしたくなかったのに。
だからずっと一人でいることを選んだのに。
仕方がないね。本当の一人は辛いんだ。
みんな優しいから、俺なんかでもそんな儚い関係を望んでもいいように思ってしまったんだ。
でもやっぱりだめだった。
ああ辛い。
一度知ってしまった温もりを、思い出してしまった暖かさを、俺は自分で手放してしまった。
俺はどんな世界にいたって、結局俺なんだ。何も変われやしないんだ。
逡巡する欝で重い気持ち。それらはいつにないどす黒さと粘り気を持って、俺の精神に根を下ろす。目の前が朦朧として、俺はそのまま枕に顔をうずめた。
ナザ達に詰め寄られたて、結局俺はせっかく結べたと思っていた友情を自ら灰にした。秘密の内容を打ち明けなければ、彼らの信用を取り戻すことはできないだろう。蟠りの残るままに付き合えるほど、今回のことは軽くはない。俺の周りの危なさに、彼らは気づき始めているのだから。
胃が痛い。腹痛もする。頭も痛くて、吐き気がした。
彼らとすごした期間はたった二カ月、されど二カ月。俺にとってはひどく密度のある時間だったのだ。
いつの間にか、枕は湿って色を濃くしていた。せっかく登校したのに一切授業に出ずに帰宅し、バッグを投げ出してベッドに身を落としてしばらく経つ。俺の気分と同じように俺の体は起き上がる気力を失っている。いつの間に俺はこんなに憶病になったのだろう。
一度寝がえりを打って仰向けになった。布のこすれる音だけがして、部屋に静寂が戻る。アニマさんはいない。彼の言うには、今日がイ―ズとの交代の日なのだそうだ。笑顔でお帰りを言いたかったのに、言えそうにないことにまた落ち込んだ。
瞼が重い。素直に閉じれば、目元が腫れているような気がした。起きたら冷やそう。そう思って、俺はまた現実から目を逸らす。
窓から入る光は橙を映していた。俺はやはり腫れている瞳をこすって、ベッドから体を起こす。一眠りしたことで鬱々とした気分も少しは紛れたものの、やはり体は鉛のように重く感じられた。
「喉乾いた……」
声はかすれてうまく出なかった。俺は無理やりに立ち上がり、部屋を出て台所をめざす。冷蔵庫と同じ役割の魔法道具を開ければ、硝子のポットに入ったお茶があった。戸棚からコップを出して蓋を回す。飴色のお茶でコップを満たすと、俺はすぐにそれを煽った。喉を鳴らして体に送り込む。胸のあたりを冷たいものが下って、少しばかり体を軽くした。
テーブルに寄りかかり、空のコップを流しに置いた。はぁと漏れるのはため息。
明日も学校はある。正直行きたくない。でも、また逃げるのはやはりいやなのだ。彼らに俺の秘密――狙われていることとか神力箱のこととか――を話すことはできないけれど。
ふと、戸の外で音がしたような気がした。目線を向ければ、ぱたりと戸の閉まる音が確かに耳に届いた。
イ―ズかもしれない。思ったけれど、俺はそこから動く気も言葉を発する気にもなれなかった。ただ開くだろうリビングの戸を見つめて、彼が現れるのを待った。
近づいてくる足音。俺は一度自分の頬を引っ張った。笑って出迎えたい。気持ちを奮い立たせて、テーブルによっかかっていた体を起こした。
がらりと戸が開く。目があって、俺は努めて笑顔を見せた。
「おかえりイ―ズ」
相も変わらない好青年は、胡桃色の瞳をめいっぱいに見せて、数度瞬きをした。どうしたんだよ。
俺が首を傾げて見せれば、彼は手に持っていた多くない荷物をテーブルに置いた。
「ただいま……学校に行ったとアニマから聞いたんだが?」
「……体調崩して帰ってきちゃった。まだ風邪が治ってなかったみたい」
ははは、なんて笑って見せる。俺の私的な問題で、彼を煩わせたくはなかった。彼は眉根を寄せる。もっとましな言い訳を考えておけばよかった。
「そうか、大変、だったからな。寝ていたのか?」
「うん。さっき起きたところ」
イ―ズは俺の頭に手を置いて、くしゃくしゃと撫でまわす。暫くぶりのその感覚に、俺は無意識に目を閉じた。
ああ、やっぱり人肌のぬくもりは安心する。こっちの世界に来て、家族以外の大切な人が出来て、そのぬくもりに触れて、俺はそのぬくもりの大切さを知ってしまった。
失うのは怖いな。
ふと、目元にひやりとしたものが触れた。それは俺の目じりから目元までのなぞり、こめかみを軽く押す。
「泣いたのか」
見上げれば、イ―ズは俺に気難しげな顔を向けていた。彼は心配を現す時、眉根にいつも以上に皺を作る。疲れているだろう彼に心配をかけさせてしまうなんて。俺はこれ以上心配させないためにも素直に頷いた。
「むせただけだよ」
って、もっと他にないのか俺……!案の定イ―ズは目を細める。けれど一度俺から視線を逸らすと、ため息をこぼした。頬から彼の手が離れていく。
「夕飯作るよ。辰巳は部屋にいていいよ。顔色も良くない。あとでタオル冷やして持っていくから」
「あ、うん」
もう一度俺の頭をクシャリと撫でて、イ―ズは荷物を持って部屋に消えた。
イ―ズにはきっと分かっただろう。俺が知られまいとしていることを。自分の表情がちゃんと笑えていたのかどうかさえ疑わしい。それでも何も言わないでいてくれるのはイ―ズの優しさだろう。ある程度俺を理解しているからこその、俺の置かれる状況を俺よりも理解しているからこその優しさだろう。結局、俺は誰かに頼らないと生きていはいけない。イ―ズの手だってこれから今以上に煩わせてしまうかもしれない。
人に頼るのは苦手だな、と初めて思った。俺からも、何かを彼に返せないだろうか。
ほくほくのジャガイモとニンジン、それからブロッコリーのゴロゴロ入ったクリームソースにパスタを絡める。久方ぶりのイ―ズの手料理は俺の気分を一気に回復させた。
「おいしい……!」
「それは良かった」
肉の炒め物とサラダもほおばって、俺はいつもよりたくさん食べた。俺の食べっぷりに、イ―ズは俺のいない間どんな食事してたんだ、と言って苦笑した。
おいしいものって言うのはすごい。あれほど欝な気分だったのに、前向きに考えようと思えるまでに回復で来ている。イ―ズの手料理と言うのも大きいかもしれない。まあ、一番の要因は俺が現金だっていうことだろう。
食べ終わっての洗い物は俺の仕事。食器にスポンジをこすりつけながら考える。
問題は一つ一つ解決していくしか手はない。俺が最近ずっと抱えてきた重みも、今日の壊れてしまった友情も、どうにかならないまでも、何もしないのではいつまでたっても俺の中に葛ぶり続けるだけなのだから。解決するのはまた辛いだろうな。なんて、また自分を甘やかして弱くしたくはない。俺は変わりたい。辛さを嫌って一人を選んだあの頃より、強い精神を持った人になりたい。そうすればきっと、俺の中で暴れまわるこの強大で恐ろしい力に勝てる。そう信じる。
「ねぇイ―ズ」
その決意のままに口を開く。
「俺、もっと強くなるよ」
隣で食器を拭いていた手が一瞬止まった。そうしてまた動きだす。
「ああ」
イ―ズ、ありがとう。
浮かんだ笑みは、胸を暖かく灯した。
誤字脱字等ありましたらお知らせください。
また、感想評価など頂けましたら励みになります。