♯5 神の子ですか。①
どれくらい経ったか、実際、三十分もたっていなかっただろう。俺はそうやって、両膝の間に額を押しあてて、視界を真っ暗に自分の中へと沈みこんでいた。そうしていると、一気に舞い上がってしまった浮上感からするすると降下して、常の静かな思考へと冷めていく。そうしてだんだんと全てがとても遠いことの様に考え始めていた。今まで俺に起こっていたことは夢かうつつか。はたまた俺のことではないかのような、そんな身勝手な逃亡。それでも今だけはと、今だけの心地よさを噛みしめた。
どうせ今日のことで何かと言われることになるのだ。それなら一人の今くらいいいではないか。
そんな心地よい時間は無残にも、保健室に響いたノックの音で霧散した。
入るよ、と声が聞こえて、俺は現実に引き戻される感覚を憂鬱に思いながらもうずめていた顔を上げた。
静かに扉を開けたのはクラウだった。普段と変わらずおチャラけた服装にシルバーのネックレスをかけた身なりで、彼はそこにいる。俺は不思議に思った。彼がここに来たこともそうだが、誰が来たとしてもおかしくはないのでそこは気にしない。だが、生徒会の面々のいた放送室はあの女の手によってひどく抉られていたはずだ。服も汚れていないなんておかしくはないか?彼も生徒会ならば、あの場にいたはずなのに。
「たいちょーはどぉ?なんか苦しげだったよ?」
「もう、大丈夫。心配してくれてありがとう」
ふわりとほほ笑み、かけてくれた言葉に俺も素直に言葉が出た。
何か引っかかるが、その引っ掛かりがなんなのか、俺にはよくわからない。ただ、久しぶりに会ったはずなのに、なぜかついさっきにも会ったような不思議な感覚が俺の中にあった。
「ならよかったー。気にしているかもしれないから言っておくけどね、あの場にはほとんど人はいなかったみたいだよ。君らが出会った男とほとんど同時にあの女の人は現れていたからね、早めに避難指示が出来たの。危ないからって一般生徒には緊急事態って事でテレポートの許可を出したんだってさ。かいちょ―が言ってた。だから、今この学校の敷地内にいるのは生徒会役員と少しの風紀委員だけなの」
俺はクラウの言葉に釘づけになった。それは俺が気がかりで仕方がなかったこと。
安心した?と彼は首を傾げて俺に問う。俺は言葉を失ったまま首を縦に振った。
「よかったー。でも辰巳がつっぱしちゃった時は驚いたよ。……俺の助言は悪い方に働いてしまったね」
「え……?」
ふと、俺の中で何かがかみ合った。引っ掛かっていた何か。しかし、そんなまさか。
「その顔は気づいてくれたかな?まぁ、気づいてほしいわけなんだけど。俺らは辰巳君側に着くって決めたから」
「俺ら?」
うん、と彼はまた微笑み、扉の方へと声をかけた。がらりと開く扉。入って来た人物に俺は瞠目した。
「ダンテ、さん?え?」
「珍しい組み合わせ?」
「だって、面識はあってもおかしくないけど……」
生徒会の会計である二年生のクラウと風紀委員長であるダンテさん。二人とも美形さんだから並ぶと絵になる。確かに近いと言えば近い二人だが、今まで風紀委員としてダンテさんと関わることが少なくなかった俺は、二人が話しているところすら見たことがなかった。付き合いは短いが、一声かけただけで部屋に入って来るわけだからよほど親密なのではないだろうか?少なくとも俺にはそう見えた。
「いろいろカミングアウトしちゃおうかと思うんだけど、誰も来ないだろーしここでいいよね」
クラウはそう前置いて、見たことのない引きしまった表情で放つ。
「君は異世界から神の力を持って連れてこられた、そうだよね。瀬川辰巳」
俺は息をのんだ。
彼は今なんと言ったのか。
『君はい世界から神の力を持って連れてこられた』
「なんで、知って……」
知らず、俺はベッドの上で体を縮こまらせた。なぜ。このことを知っているのは陛下とイ―ズとその隊と、それからメリッサさん。彼らを抜けば後は俺をこの世界へといざなった奴らしかいないはずなのに。
でも、クラウ達が奴らのはずはない、と思う。なぜなら、俺が窓から投げ飛ばされて気を失った時、俺に助言をくれたのは確かにクラウだ。根拠は話し方と声だけだが、先程の言動から見てまず間違いない。
そう考えると、余計分からない。
クラウとダンテさん、二人は一体何なんだ?
「混乱させちゃってるねぇー、何から話したらいいのかな」
「お前楽しんでるだろ」
「えへへ。カミングアウトってなんか楽しくなーい?」
「悪いな辰巳。こんな混乱してる時に、でも、早い方がいいと思ったんだ。今後こう言ったことを防ぐためにも」
眉根にしわを寄せ、ひどく真面目な表情でダンテさんは俺に言う。俺はと言うと、ベッドから見上げる形で彼らの言葉の一言一句に耳をそばだてていた。
全く分からないのだ。聞くしかない。
「俺のことを知っていた理由、教えて」
二人はこくりと頷いた。
「俺らはね、神の隠し子なんだ」
『創造神は世界にとけこんでこの世を守り続けた』これが世界一般に出回る神話の概要だ。しかし、この物語には少しだけ続きがある。神は世界をより親密に観察できるように、情勢を把握できるように、四つの大陸に一人づつ『神子』と呼ばれる人間を置いた。彼らは神と交信する能力を持ち、必要に応じて神と直接会話をすることが出来る。世襲で受け継がれるその能力は殊に特別だ。故に神は彼らの存在を公にしないようにした。決して口外しないよう、彼らの一族に釘を刺したのである。しかしばれてしまう事は少なからず歴史の中であった。そこで神は、神子を身を呈して守ることを役割とした人間を作ることにした。それが『神獣』である。彼らの一族も世襲で、神子の護衛を生業とする一族となった。彼らには神子を守るため、役目を受け継ぐと人知を超えた力が宿る。並はずれた身体能力に腕力、そして魔力も。彼らは生きながらにして獣並みの力を手に入れる。神獣は必ず神子の近くで神子の護衛にあたるが、能力役割は共に極秘。故に人の目のあるところでは関係を隠すこともよくあることだった。
そして、現在それらの役割を継いだのが、神子クラウ・フィシファルであり神獣ダンテ・アルベールであるのだ。
俺は驚きに目を見開くという簡単な動作も出来ず、固まっていた。真に驚愕を超えるとまた別の境地に立つようだ。俺は彼らの話を聞き逃さないよう、努めて真剣な面持ちで居た。
つまり、俺に力を植え付けたあの美少年神様と会話ができる人物がクラウで、その護衛役がダンテさんであると、そう言うことらしい。そう言われてみれば夢の覚め際に、神は神子がどうのと言っていたような気がしないでもない。しかし、それでなぜ俺のことを知っていたのだろうか?
「辰巳のことはね、創造神が俺達に教えてくれたんだ。君がこっちに来た日にね。そしてこの学校に入学することも神は知っていたから、俺達にバックアップを要請したの。まぁ、君はそれなりに普通な学園生活をしていたからあまり手は出さなかったけど。今回くらいさ、介入したのは。……ほんとーはね。今回の事の情報も少しは言っていたんだ」
「え、それってどういう……」
「神子は大陸に一人、つまりは四人いるんだけど……黒蝶の騎士、彼らの仲間にも、神子が居るのさ。神子は神に見守られている。それでも年じゅうって言うわけにはいかないから交信するんだけど、俺達の情報は神に集まるんだ。だから神子がいるとより鮮明にそこの情報が神に伝わる。黒蝶の騎士に属している神子の情報は神を介して俺達のことろにも流れてくるんだ」
「……」
「神子の行動に制限はないからね。神はこの世を見ていたいだけだから。俺達を通して少しの介入はしても、戦争を起こそうが世界滅亡をたくらもうが、それは自身の生み出した人間達の所業だからね。神は手を出さないって決めているらしい」
「そう、なんだ」
俺は一度見上げていた瞳を下ろした。
一気に大量のことを話され、俺の頭の中はパンク寸前。しかしなんとか頭の中におさめて、整理をしようと頭を働かせる。
つまり彼らは、俺がここに来た時点で俺の正体を知っていたわけになる。
「なんで、今話そうと思ったの」
顔を上げずに問う。今まで黙っていたのに、他言無用のはずなのに、なぜ。
「初めに言っただろう、これ以上黙っておくのは無意味と判断した。あいつからの許可も下りている。クラウからの情報は辰巳達の手助けになるだろうから」
「そ、っか……ありがとう、話してくれて」
「俺達はこれから陛下にも謁見を申し込んで、正式に君らの側に着くことにするよ。少ししたら陛下から辰巳にもお呼びがかかると思うけど、それまでの間はゆっくり休んで。俺らの話も難しーし、時間も必要だろうから」
そう言うと、クラウは踵を返した。ダンテさんもそれを追うように爪先を向ける。
「お大事に」
俺の中に衝撃を残して、彼らは保健室を去って行った。
その後、保健医が読んだらしい現保護者代わりのエニマさんが迎えに来てくれて、俺は帰路に着いた。
長く密度の濃い一日が終わる。
新事実な感じ。
彼らの設定は初めの方から出来上がっていました。
風紀委員長×チャラお会計っていいですよね私大好きなんです←
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