♯4 新歓ですか。⑫―終―
目が覚めると、薬品のにおいが鼻をついた。保健室に寝かされていたようだ。誰かがグラウンドで倒れた俺を運んできてくれたのか。
誰か。
思って、俺の中を焦りに似た感情が駆け巡った。
あの場所には確実に生徒の目があったのだ。それなのに、俺は感情に任せて力を使い、案の定飲まれて、冷酷に敵を殺そうとした。それに、あいつらはナザ達の前で、俺を名指しした。お前は殺さないとまで言った。俺に関係があると言うことは十中八九ばれただろう。
彼らは、どう思うだろうか。
本当のことを話して、俺を恐れるだろうか。物珍しいものを見る様な眼で見るだろうか。もう関わってもくれないだろうか。
本当のことを話さなかった場合、変な違和感だけが付きまとうことになる。マリモと会った、あの場にいた面々は特に。
怖い。せっかく出来た大切なものを失いたくない。
夢の中で、創造神は俺の心の弱さを指摘した。もしかすると、向こうの自分を引きずっているのかもしれない。向こうで出来なかったことをこちらでやろうと、躍起になっていたのかもしれない。でも、変わろうと思うのはいいことではないのか?俺は、今、この瞬間の方が楽しいし大切だ。俺はこの生活を守るためなら何だってする。
それくらい大切なんだ。
失いたくない。失うのが怖い。
俺は取り返しのつかないことをしてしまった。
胸が苦しい。鷲掴みにされているような、押しつぶされているような。吐き気のする息苦しさが俺を襲う。
頬を生暖かいものが伝った。俺はベッドの上で膝を抱え、顔をうずめた。自分の体を抱きしめて、ぬくもりで全てをごまかす様に。
「辰巳」
びくりと肩が跳ねた。恐る恐る扉の方を覗き見る。
ヒラクさんが普段と変わらぬ様子でベッドに歩み寄っていた。
俺はパッと目を離す。こんな惨めな状態、見られたくなかった。
なんでここに。彼はあの騒動の時、どこにいたのだろう。俺を見ただろうか。真っ赤な炎に翻弄される俺を。
見られていたら嫌だ。知らず、唇をかみしめていた。
「泣いてるの?」
ふわりとベッドに腰を下ろし、彼は言った。俺は無言。一言でも声を出したら、押さえがきかなくなってしまう。
それなのに、ヒラクさんは俺の頭を撫で、こっちを向いてと膝に押しつけたおでこを優しく推す。まるで子供をあやす親のように、俺の心を落ち着かせた。
ようやく涙も止まった頃、俺はのっそりと顔を上げた。
ヒラクさんはまだ、俺の頭を撫でてそこにいた。
「ヒラクさんは、その、見ましたか?」
「君の炎かい?」
「っ、はい」
見られていた。どう、思ったのだろう。あんな俺を見て。彼はどう思って、此処にいるのだろう。
「見たからと言って、俺は変わらないよ。辰巳は皆の反応を思って泣いているの?」
彼の聡さが今は痛い。
「だって、今回のことは、俺のせいで」
「こんな状態の君を見て、誰が辰巳を責められるかな」
「でも」
「少なくとも、俺は気にしない。君についても詮索する気はない。ただ、君が心配だった。だからクラウ達にこの場所を聞いたんだ。目が覚めていてラッキーさ」
そう言ってヒラクさんはふわりと笑った。その様に、やはり俺は見とれてしまう。こんな大人になれたらいいと、素直に思った。顔はどうしようもないけれど、雰囲気と言うか、そういうものですら人を安心させる、そんな温もりを与えられるそんな人に。
「目元が腫れちゃってる」
乾いた目元にヒラクさんの冷たい手が触れた。熱を持った目元が冷やされて気持ちがいい。手の平をほおに当て、目元なぞられる。くすぐったくて目を細めた。
「無防備だよね。こういうときは」
「え……?」
一瞬。視界が銀色に染まった。
唇に、柔らかいものが押しつけられる。
すぐに離れて行ったそれが何なのか気づいたころには、既にメガネを外したヒラクさんが立ち上がって俺を見ていた。ひどく温かいまなざしを俺に向け、お大事にと一言残して彼は保健室を出て行った。
とん、とドアのしまる音が響く。
指先で自らの唇を押さえる。
せっかく冷えてきた目元がまた熱を帯び始めていた。
今、ヒラクさんが、俺に。
ボッと音がしたんじゃないかと言うくらい、いっきに顔が火照った。今度は別の意味で膝の間に顔をうずめる。
だって、あのすっごく綺麗なヒラクさんが。俺なんかに、き、きすを。あれ、俺初めてじゃないですか。男に取られちゃったよ。いやまずそれはどうでもいい(?)。だってあのヒラクさんが……!
手で唇にもう一度触れる。ここに、彼の。
ヤバい。めっちゃくちゃ混乱してる。それまでのいろんなものが吹っ飛んでしまうくらい。
なんで、なんで、キスなんかしたの。ねぇ、ヒラクさん?
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友情って失うのが怖いものですが、今まで無かった分、ものすごく大切にしている辰巳君はひとしおなんでしょうね。書いてて思いました。
そしてやっとここまで……!
ファーストキスでひと段落かなって思ってました。笑