♯4 新歓ですか。⑪
懐かしい光景だ。確か家族三人で夕食を囲んだリビング。もうここを目にすることはないと思っていたのに、どうして俺は此処にいるのだろう。親戚夫婦なんかと食事を共にするのはもうごめんなんだ。俺は此処にはもう戻らないって決めたんだ。
夢だ。それ以外あり得ない。
さめろ。
恋しいはずのベーシックでまとめたセンスのいい部屋が、どうしようもなく俺のいら立ちを誘う。敷いてあるトナカイ柄のクリームと茶色のカーペットはお気に入りだった。その上の正方形のテーブルは、冬には炬燵に早変わりして、三人でぬくぬくと特番を見る。
壊れた日常を色濃く残すこの場所を俺は捨てたんだ。
後悔はない。俺はこっちで生きていく。
何も映していなかった窓に、亀裂が走った。亀裂は広がり、部屋全体をむしばんでゆく。部屋ははじけ飛んで、消滅した。俺の足元だけが僅かに残り、最後に砕け散って俺を真っ白い空間に放り出した。
夢だから。俺はそう思って驚くこともせず、部屋の名残である結晶を手のひらに乗せた。綺麗だ。
「話すのは二度目か」
声が聞こえた。いや、声なのかもわからない。音。そう表現した方がよいかもしれない。心にすっと入って来る、気持ちのよい音。
「私の力は大きいだろう。やはり、まだ扱えなかったな」
途端、めくれ上がった地面がやかれる光景が頭の中に浮かんだ。茫然と、それを操る俺の姿も。
冷汗が出てきた。これが俺か。俺がしたことか。
「怖いか?こんな力がお前の中にあるのだ。しっかり操らんと、今回みたいに力に飲まれるぞ。それとも、封印でもするか?こちらの方が代償は大きそうだがな」
「あなたは、創造神ですね?力の主の」
「そうさ」
声と共に前方から突風が吹いた。反射的に目を瞑り、腕で顔をかばった。音の無い突風がやみ、顔を上げると、眼前に金髪が揺れた。
「!?」
驚いて身を引くと、金髪は楽しげに笑い声を上げた。
「ふははははっ、驚いたか?特別に我が直々に来てやった」
「か、神様?」
「そうさ。我が創造神」
金の髪を後ろで長い三網に結った彼(多分男)は背も低く、少年合唱団に入れそうな美少年だった。瞳は赤く、白と赤を基調としたマントをはおっている。神様のイメージを大幅にずれる衣装ではあるが、美少年と言うのはありがちと言えばありがちか。
「さて、本題だ。辰巳。お前は初め、向こうに未練はないと言ったな?ならばなぜきっぱりと断ち切れない」
「……未練なんでないですよ」
「嘘を言え」
「嘘なんて……」
俺はきゅっと右手首を握りしめた。
断ち切れていないだって?もう向こうには両親だっていないんだ。友達はもとからいない。他に親戚もいない。趣味もなければ、読書意外に好きなものなんてなかった。
俺は何を残している?
「郷愁と言うものは残るものだ。誰しも故郷は特別なもの」
「それは未練とは別の話では」
「それをも捨てるくらいの強さがなければ、我の力は操れんぞ」
「っ!」
下から覗きこまれ、身を引いた。それでも彼は表情の薄い顔のまま、俺の顔面に衝突する勢いで顔を近づける。俺はよほどひきつった顔をしているだろうに。
握りしめていた左手を取られた。そのまま持ち上げられる。
「震えてる。こんな弱い心じゃ、駄目だと言っている。お前は甘えている。向こうでは両親に。こちらではセンサスや王族に。友人が出来たのは進歩だろう。向こうにいたころよりは強くなっている。しかしまだ弱い」
俺の体は石にでもなったのだろうか。重たくて、冷たくて、与えられる言葉から逃げることを許さない。
胸が痛い。全てが針となって俺の胸に刺さって来る。これが弱さと言うことだろうか。
強く、強くなれば彼の力を操れると?どうして操る必要がある?
目の前で俺の左手を握ったまま神様が、大きなため息をついた。そして俺の肩を緩く推した。左手も離される。俺は水底に沈むように、ゆっくりと白い空間を落ちてゆく。
見下ろす冷たい赤とカチ合った。
「我の力は強大だ。お前が操れないのなら、いつか暴走してお前の大切なものを壊すぞ」
「なっ」
「あとはそっちにいる神子と話しあうんだな」
え?
最後の言葉は音にならず、俺はただ沈んで行った。
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なかなか進まない(汗
次で一応区切りをつけます。