♯4 新歓ですか。⑩
辿りついて、俺は足を止め、愕然とした。グラウンドは声のいった通り、めちゃくちゃで、足の踏み場もない状態だった。
空中に黒雲が立ち込め、強い風が吹き荒れる。丁度、生徒会の集まる放送室のあるあたりだ。
心臓がいやに音を響かせ、嫌な汗が全身を伝う。止めさせないと。
誰だ、誰がこれを……!
めくれ上がった地面の上に女性は立っていた。
女性は微動だにせず、そこにいる。
彼女の周りは風が渦巻いていた。
ピンク色の髪の、あの服は……。
はっとした。
駄目だ、考えてはいけない。あいつらだと言うことはあのマリモが来て分かっていたはずだ。
それでも悪感はやむことなく、俺の恐怖をよみがえらせる。
今はあいつを止める事が第一だってのに!
「くっそ……!凍!!」
途端、俺が思い描いた通りに氷の槍が出現する。空中に何本も。俺は手に持つことをせず、浮かせたそれらに指針を示す様に両手を術者の女の方へ思い切り振りかざした。
ドォン
十数本あった氷槍は、女を取り巻いてめくれた地面へと突き刺さる。
俺はその様を、振りおろした両手をそのままに見上げていた。
ふっと、女がこちらに視線を向けた。艶めかしく、それでいて身をすくませる冷たい視線。そうして女は口元に弧を描く。
「箱の子ね……。駄目よ、大人しくしていて?」
子供をあやすような猫撫で声で女性は囁く。それなりの距離があるはずなのに、その声ははっきりと耳に届いた。
と、一際大きな風が俺を包み込んだ。本当に包むという表現がしっくりくるほど優しく包まれ、足が地から離れた。
「え、うわ」
ふわりと浮かび、そのまま女の方へと運ばれる。
女の周りを渦巻いていた風はやみ、無風の中、俺は下ろされた。バランスを崩してしりもちをついてしまう。
「!」
女の顔が目の前にあった。綺麗なんだろうが、近すぎて恐怖しか湧かない。整い過ぎた美貌は冷たさをも生んだ。
「あなたにとってここは大切?」
女は問いかけ、俺の頬に触れた。
見上げる形で固まる俺は、女の瞳の冷たさに身を震わせる。
「ねぇ、答えて?」
怖い。
なんなんだよこいつら。
当たり前だろ。大切なんだよ。
向こうじゃ学校が大切なんて思ったこと無かったけど、初めて友達が出来たんだよ。一緒に飯食ったり帰ったり勉強教えっこしたり。すごく楽しかったんだ。学校生活が、こんなに楽しいんだって初めて知ったんだ。
だから、
だから、
「……すなよ」
体の中に浸透していく。
「ん?なにかしら」
「壊すなよ」
体が熱い。
一度味わったような、身の内から熱が沸き上がる感覚。
『暴風時に火事はつきものだよ』
そっか、風は火を助長する。声はそれを使えと言いたかったのか。
でももう風は吹いていない。助けてくれる風はない。
でも、それがいいだろうと、俺は身に滾った力を全部、炎に変えた。
「なっ!?」
轟と俺の周囲から炎は吹きあがり、あっという間にグラウンド全体に広がった。すさまじい熱量を秘めた水色の炎はめくれた地面を焼き、焦げた土はパラパラと落下し地面を滑らかにする。
「や、何よこの魔法!魔力!!もうここまで使えるの!?」
女はその美麗な顔から余裕を消し、焦りを顕わに俺の目の前から空中へと飛び退った。彼女の体は風にとらわれ舞い上がる。
風、馬鹿なことを。
冷静な頭がそれだけを思い、空に舞った彼女を無関心に見つめた。
風は炎を助長する。
女を浮かせるために渦巻く風を導火線の様に伝い、俺の炎は女を追いかける。
あの炎に焼かれたら、ひとたまりもないだろうな。なんせ、土をも灰に変えるのだから。嫌に冷たく冷めた思考はその先を予想しつつ、止めようとは考えなかった。
舞い上がった女は、もう美しさのかけらもない形相で追いかける炎に悲鳴を上げる。
あれは怖いだろうな。
ずるり、と、影が揺らめいた。
校庭の端の林の奥。此の葉を撒き散らして真っ黒い手が伸びて、女をわしずかんだ。
俺は目を僅かに開いて、いかにも怪しげなそれが女を引っ張ってはやしに消える様をじっと見つめた。
茂みに女が消えた瞬間、おぞましい女の魔力が消えたのを感じた。
あぁ、帰ったか。
これで、学校が壊されずに済む。
微かに燃え残った炎の水色が目に眩しい。
もう済んだんだ。燃えなくっていいんだよ。
頭が重い。
俺はそっと寝転がり、地面に体を預けた。
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あと閑話含め数話で♯4もおわせそうです。
不定期だからかいつもより長く感じる(汗
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