プロローグ④
夢を見た。
最近だ。そう、両親が逝ってしまってすぐの頃。俺がひどく落ち込んで、鬱になっている頃。何度も見た。
今も。
夢は変な夢だった。
俺は自分が生まれる前の幸せそうな両親を上から見つめているのだ。母がとても優しい目をして自らのお腹を撫でる。父もまた穏やかな視線でそれを見つめる。
俺の願望の世界。
こうであってほしかった、続いてほしかった世界。
夢は決まってこれで終わる。幸せを噛み締めて終わってしまう。
ただ、今回は別だった。
「もういないものを追い求めるのか。意味はないだろう?」
声は思念しかない俺に語りかけてきた。
姿はない。ましてや声で判断出来ない。ただ連なる音のようだ。
「未練か?」
無言を通した。それで伝わると思った。
「他に大切なものは?」
「ない」
俺の即答に、声は憐れみを乗せて続ける。
「なら、別にこの世界に未練はないんだな」
世界。口の中で反復して、確める。
大きなものが来たな。でも、
「無い、な」
俺にとって世界なんて、もうどこも同じだ。あの夫婦から逃げ出せるなら、冥土にだっていってやる。
「じゃぁ、いいよな」
何が、とは聞かなかった。何となくわかったから。
俺はあまり考えなかった。必要がなかった。
「いいよ」
視界が開けた。
フッと意識が浮上する。開けた視界の先は見慣れぬ天井、否、様々な装飾の施された薄いカーテンが波打っている、これは…?
俺は起き上がると周囲を確認する。
何処か、西洋貴族のベッドルームを思わせる。透き通るような青を基調とした清楚な部屋。
その中でも特段目立つだろうキングサイズのベッドに俺は寝かされていたようだ。
ベッドはお姫様が寝ていそうな、ヒラヒラのレースの施されたもの。水色と白のグラデーションは涼しさを感じさせてくれる。
あれ、そういえば少し体がほてっている気がする。寝ていたからだろうか。
俺はこの短時間で起きた様々なことを振り返ってみることにした。
まず、帰り道にマリモに拉致られて、意識飛ばして目覚めたら、鳥籠ん中から美形軍団を見上げる状況に。あれはホントに羞恥プレイだった。それに恐ろしかった。…まだ恐怖が残ってる。
思い出してしまったことで恐怖がよみがえる。俺は両手で小刻みに震える肩を抱いた。
今のこの場所だって、俺は知らない。何も知らないんだ。
キイ、と音がした。
俺は反射的に扉のあった方に顔を向けた。右手前にある両開きの扉はかすかに開かれていた。と、開いた空白からあの時の、好青年が顔を出した。
彼は、俺を見て柔らかく微笑むと、此方へと歩み寄ってきた。
「お目覚めでしたか。急で申し訳ありませんが、陛下がお会いしたいと仰っております」
「え…?」
陛下。陛下っていうのはやはり一国を治める王様のことだろうか。だとしたら、ここはお城か。
言葉が通じる時点で此処は地球のどこかではないのだろうな。
日本には天皇はいるが、陛下と呼ばれる人物はいないはずだ。
つまり。族に言うあれだ。
異世界トリップ。
だからさっきの声は、きっとこれの予兆。俺に戻らなくてもいいかの確認。
でも、大体の異世界トリップってものは戻れるもんなんじゃないのか?元の世界に戻るための方法を探る。それが主だった目的になるんじゃないだろうか。
「辰巳様?」
「は、はいっ!」
考え込んでしまっていた俺の目の前に、いつの間にか好青年の不安げな顔が。俺は驚いて後ろにのけぞりながら慌てて返事をした。
「参りましょう」
「・・・はい」
俺は言われるがまま、ベッドから降りて好青年の後に続いた。
まぁ、どうせ陛下とやらが説明してくれるだろう。なんか知っていそうだし。
辰巳君は察しがいいです。
あと理解。
ばっさりしてるから。