♯3 魔法修行ですか。①
「お前、魔法使わなかったろ」
「……うん?」
ダンテさんに連れられて移動した風紀委員室で、ケイの淹れてくれた紅茶片手に一息つくとダンテさんがそう言った。
ことんと机にカップを置く音が響く。生徒会室にあるものと色違いのソファーがぎしりとなった。ガラス板が特徴的な生徒会室とこれまた色違いの机を挟み、乗りだされた体とは対照的に俺はわずかに背もたれに重量をかける。ちゃんと距離があるため、改めて距離を取る必要は無いのだが。
ずずっとこう茶をすする音がした。仕事用のデスクに腰をおろしていたケイが一人で御茶菓子を食べていた。
「俺の見たところお前は魔法を使わなかった。だがケイは加速の魔法を使っている。なぜだ?」
グレーの瞳をきゅっと細めて見据えられる。
実際ケイが魔法を使っていたのは俺にも分かっている。加速とかそこまでは分からなかったが、通常の人間技ではあの速さは出せない。もちろん俺は魔法を使っていない。これも彼の言うとおりだ。ついさっき初めて使って、しかも爆発させたようなものを使うわけがない。そんな赤信号に飛び出すような無駄な度胸は持ち合わせていない(いらないし)。そんなことは彼も百も承知のはずなので、俺は意味が分からないと首をかしげた。
「ケイの加速を見切っただろう。……魔法も使わずにそれを成し遂げたとなると、お前の身体能力は……異常だとしか言えない」
「……俺も、そう思う」
二人共に言われるとは。
ケイが割り込んだことでダンテさんが眉をピクリと上げたが、すぐにいつもの無表情に戻ってしまう。この人はニヤつくか無表情かしか出来ないのか。
まさかこんなことを言われるとは思っていなかった俺は、ほおけたように固まってしまった。
身体能力。異常。
はっきり言って、それらは前々から自分の中で分かっていたことだ。
ケンカしたり、日常生活でも普通は避けられない物が避けられたり、ふっと気づいたことが当たったり。
多分これは第六感と呼ばれる物の類。
冴え渡った感覚は、人並より上を行ってしまう体の能力を駆使して自身を守る。自己防衛本能とも言うな。
ヴァラン陛下が言っていた。
「神力箱」は持っている者に何かしらの異能を与えると。
俺の場合、この並はずれた身体能力と外れる事を知らない第六感。
だが、ここで結論が出たとして、そのあたりの諸事情を知らないダンテさんやケイに話すわけにはいかない。知られてはいけない。
だから、素直に真実を言うことはできない。ここは申し訳ないが、
「俺はケイの動きを見切ってなんかいませんよ。倒されていたでしょう?」
こんな風に、かわすしか俺には思いつかないんだ。
「……うそ」
ぼそっと呟くのが聞こえた。
「俺の攻撃は、見切られてた……確かに、俺の方が、早かったけど、それは――」
「やめろ」
捲し立てるケイをダンテさんが重く響く一言で諌める。そして俺へと強い視線を向けた。
「俺も信じはしない。だが、追求もしない。分かったか」
俺は驚きを何とか隠してこくりと頷いた。有無を言わせぬ迫力もそうだが、なによりその言葉にだ。まるで俺が隠していることをすべて知っているような、見透かされたような言い回し。言い知れぬ畏怖を感じてしまう。
ふと気になって視線を向けると、ケイはまだ言いたそうな顔をしながらも口をつぐんでいた。あんなに興奮して話したりもするのか。
この後は事務的な説明と活動説明を受けて、下校となった。
「魔法……か」
机に向かって本日課題を出された魔法工学のテキストを開きながら、俺はケイとのバトルを思い出していた。
加速したという初めのあの一瞬。俺は彼を完全に見失った。二度目もそう。上にいるなんて思いもしなかった。
あと一瞬、気づくのが遅かったら――
俺は小さく身震いした。
正式に風紀委員という役職を任された(といっても一委員だが)今、魔法も使えないようじゃちゃんと任を果たせるかどうか危ういところだ。
ヘライン先生の言うには、俺の魔力量は多いらしい。
ならば、練習するしかないだろう。
知らずに入っていた力に、シャープ芯がぽきりと折れた。
「イ―ズ。俺に魔法を教えてくれ」
夕食を終えて緩い空気が流れた頃、俺は決意を持ってそう告げた。何やら書類をかいていたらしいイ―ズは、書き物をするときだけ付けているメガネを頭上にずらし、こちらを見据えた。特に驚いた風ではなく、ただ静かに透き通るブラウンの瞳が俺をとらえる。
「本気?」
「もちろん……?」
ひどく真面目な表情で聞いてくる彼に自信満々に返すも困惑する。なぜそんな確認が必要なんだろうか。
「魔法を学ぶというのはそれなりの危険を伴うものだ。授業では危険性の低いものを扱うが、ゼロではない。……ましてや、辰巳、お前の魔力は計り知れない。『神力箱』の錠が外されているんだ」
「だからこそでしょ」
淡々と語り始めた彼に目を丸くした。彼が今まで魔法を俺に教えなかったのにはそんな理由があったのか。
魔法が全く危険ではないなんて思っちゃいない。一度爆発させて気を失っているのだから当たり前だ。でも、だからこそこれからそんなことを起こさないために、ある程度身につけておく必要があると思う。
そう彼に伝えようと口を開きかけた瞬間。
回転式の椅子からイ―ズが立ち上がった。そしてメガネをはずし、前髪を掻き揚げる。
そんないきなり色っぽいことされても……。
「辰巳、どうしてここにいるか、覚えてるよな?」
見下ろされ、そう問われる。ふるりと肩が震えた。
忘れてなんかいない。変な奴らに連れてこられた、あの日のこと。助けられて、今は彼に守られていること。
俺を見下ろす、紫髪の彼の赤い瞳を――
思い出して震える肩をイ―ズがそっと掴んだ。そのまま彼の胸板に引き寄せられる。
「悪い。思い出したく無かったよな……ただ、お前のおかれた境遇を考えると、辰巳に本当に魔法を学ぶ気があるなら本格的に学んでもらいたいと思ったんだ。安い覚悟なら厳しい修行になるだろうからな」
きゅっと優しく抱きしてられて、強張っていたからだが解放されるのが分かった。力が抜けてふぅと息をつく。
軽い力で胸を押すと、イ―ズはすっと腕を解いた。
「ありがと。もう、大丈夫」
「そうか」
ほっと安堵の息を吐き出す彼にこちらも安心して笑みが漏れた。
俺が本気かどうか。
それを確かめていたのか。俺は、本気だろうか?
自問自答した返答は、自分に言い聞かせる前に口を衝いて出た。
「本気だよ」
自分で言って驚いたのは、顔には出ていなかったようだ。
イ―ズが優しく微笑んだ。
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