♯2 風紀ですか。②
「風紀委員?辰巳が?」
既に準備してあった夕食を食べ終わったころ。遅くなった理由を聞かれたので、俺は事の始まりを省いて生徒会とのなんたらかを話した。ダンテさんに誘われたことを伝えると、イ―ズはあからさまに驚いた。
そんなに驚かなくっても。確かにあなたさまがたのように美形じゃありませんよ。
「そ、なんで俺が……生徒会なんてどうやったって入れないのにね」
「いや、そこは問題ないだろうが」
即答でそんなこと言うな。
「目を洗え」
俺も負けじと即答する。
「あれは結構素手でいけないと務まらないだろ。ケンカ的なの」
あぁ、そこですか。
イ―ズは食べ終わった皿を重ねながら言った。俺もそれに倣う。
あなたの目には俺はきっとか弱いものとして映っているんでしょうね。初めて見たのが羞恥プレイの最中だったんだから。しかも俺の言葉……
「無視ですか。……俺結構ケンカしてたから、今日だって……あ」
これ言っちゃまずいだろ。ってか言いそうになった俺何!?もう吹っ切れちゃったの!?まだ恐ろしいものとして根強く残ってるのに。
一人でビビって固まった俺に、イ―ズは不審げな表情で顔を覗き込んできた。…近いです。
「何、言おうとした?話しなよ」
「い、いいよ。もう忘れちゃったし」
「嘘」
「わ、忘れたの!」
しどろもどろで答える俺に、イ―ズは距離を詰める。背中が壁に当たった。
イ―ズの影が俺に降り注ぐ。妙な雰囲気に背筋が冷えて上が向けない。
ちょっとこういうのはトラウマになりかけてるんだから。
イ―ズはあんなことしないって分かってるからそんなに怖くないけど。
「わっ!?」
グイッと突然襟を下に引っ張られた。え、下にですか?上で無く?
「ちょ、イ―ズ!?」
「やっぱり、風紀が出てきたあたりでもしやとは思ったが……いくらなんでも初日かよ」
俺の胸元を凝視して、苦虫を噛み潰したように顔を歪めた彼はどこか色っぽくて、今の俺の状況的にそぐわない感情が俺の中に生れてしまう。ちょっとだけ頬が赤くなったような気がするのは、まぁ……こんなにイケメンなんだ。しかたない。
「な、なに」
目線だけを彼に向けながら、恐る恐る聞いてみると、
「キスマーク」
「……は?」
意味不明な答えが返ってきました。
って、はぁ!?
「って、あの、あれですか?」
「辰巳の言いたい物がなんだかは分からないけど、たぶんそれ」
ぎぃあああああああ!!
なんてこった。なんてこった。
赤く斑点みたいになる奴だろう?
あいつらなんてことしてくれてんだ。力抜けてて気づけなかった。
あぁ……
「!わ、ダイジョブか?ってか気づいてなかったのかよ」
「知らなかった……あいつら見つかったらぼこる」
壁伝いにずるずるとしゃがみこんだ俺に、イ―ズはわずかに慌てて自らも俺の目線に合わせた。
「……やっぱ何かあったんだな?なんで話さないんだよ。まぁ、思い出したいもんじゃないだろうけど」
「それもあるし、自分から口にして気分のいいもんじゃないだろ……」
床のフローリングをぼんやりと眺めながら言った。
おぼろげでもまだ新しいその記憶は、俺の嫌な部分を刺激する。気持ちが悪くて無意識に腕を抱きしめた。
「悪い。無理に聞くことじゃなかったな。その様子じゃ最後まではいってないようだし、とりあえずはよかったよ。おおかた風紀委員長に助けてもらったんだろ……。ったく、だから気をつけろって言ったのに……」
聞き捨てならない単語もあったような気がするが気分的にスル―する。ほとんどあってるし。
「とりあえずっ!この話は終わりにしよう。嫌だ」
「わかった。で、さっき言いかけたの、なんだ?」
言いかけたの?何かあったっけ?
俺が分からないと首をかしげると、結構ケンカしてたってい言ってたろ?と俺の上からどいてから言った。
あぁ、そう言えばその話から発展したんだった
「蹴って一人気絶させたら、ダンテさん……風紀委員長が風紀委員はいんないかって言ってきて」
「そういうことか……」
イ―ズは納得したように腕を組むと、ハァ、と大げさにため息をついた。そんな姿も下から見上げる分に色気たっぷりです。
「ちょっと手合わせしてみるか?」
「え?」
「手合わせ。お前がどれだけできるのか。護衛する立場としても興味がある」
俺を見下ろし、好青年は笑った。
「こんなことしていいの?」
「こっちじゃ誰だってしてることだ。異空間だから他の部屋に響かないしな」
俺たちはただ、どこまでもだだっ広い異空間にいる。某国民的アニメにあったような、壁に貼り付けて別の空間を作ってしまう “魔具”、『|空創紙〈くうそうし〉』によって作られた空間だ。白いタイルが敷き詰められた床に、上空には無駄に青い空が張り付いている。本物ではないはずなのだが、どうも本物のように見えてしまうのは“魔具”の性能の高さなのか。
空間の構造は作ったものが都合のいいように変えられるらしい。今の場合は手合わせしやすいように何もない空間となっている。
イ―ズはおもむろにはおっていた上着を脱ぐと、薄手のシャツをまくり、俺へと視線を向けた。
やる気ですね……。一国の騎士様だし、俺も久しぶりに全力でやってみるか。
「かかっといで」
「そうする、よっ」
俺は言葉と共に一気に距離を詰めた。体勢を低くして手始めの一発を叩きこむべく右手を握る。
しかし、そんなモノがきまるはずもなく。ひらりとかわされて浮かんだイ―ズの膝に、咄嗟に体をいなして、腹部をかすった蹴りを見送った。体勢を立て直すため後ろに飛んで一旦距離を取る。
さすが。あの蹴りの速度を前振りもほとんどつけずに繰り出すとは。
だからと言ってやられっぱなしは好かない。勝てるなんて思っちゃいないけど。一発くらいは食らわしてやりたいとは思ってる。そんくらい希望見たっていいだろ?
俺はもう一度反撃するべく前方に飛んだ。
「はっ、はっ」
「息切れてんな。今日はしまいにすっか?もう結構な時間だ」
イ―ズは汗で額に張り付いた前髪を、これまた色っぽくかき上げた。
俺も流れ落ちてくる汗をぬぐう。
一時間くらいは経っただろうか。俺はまだイ―ズに一発も食らわせていない。だが、俺も一発も食らっていない。両者ともぎりぎりまで引き付けてよけるので、至近距離での肉弾戦になりにくい。痛いのは嫌いだから構わないが、イ―ズの方が何枚か上手のため、とっさの判断として距離を取ってしまうのは毎回俺の方だ。
悔しい気持ちもあるが、また手合わせすればいい。
俺はもう一度流れてきた汗をぬぐうと、頷いて、イ―ズと共にその空間を後にした。
いつも通り誤字脱字等ありましたらお知らせください。
戦闘っぽいシーンを書くは好きです^^
なんかスピード感が。