プロローグ①
さぁ、この状況を誰か俺に分かるように端的に説明してくれ。
どこだかわからない、日本とも思えない、暗い神殿。神を彷彿とさせる石像や装飾の数々。ステンドグラスの嵌め込まれた崩れかけの石壁からは、多色な光以外にも疎らな光が差し込んでいる。
俺の記憶では、いまは辺りも暗くなる時刻の筈なのだか、この理解不能地域には通じない様だ。本当に誰か説明してほしい。
俺が鉄製の鳥かごに入れられて、美形軍団から見つめられるはめになった理由を。
今日も快晴。
9月上旬の残暑の色濃く残る季節。雲ひとつ許さずに晴れ渡った空に、俺はためにためた空気を吐き出した。
現在、時刻は午後の3時を少し回った。部活のない者は帰路に着く。俺もその一人な訳で、本屋に寄って帰るつもりだ。家に長居するのはいまの俺の心理状況的に厳しい物がある。とりあえず、そうして家に帰って、何だか寂しくなった我が家にご対面する。そう言ういつもと変わらない一日を、無意味に終えるはずだった。
そう、筈だった。
本屋に出来るだけ居座った帰り道。外は完全に闇が降りていて、駅までの道のりを街灯頼りに歩いていた。
これも最近となってはいつものこと。両親との思いでのつまったあの家には、もう俺の居場所はない。
1ヶ月程経っただろうか。俺にとっての唯一気の置けない存在、母と父が交通事故でこの世を去ったのは。はっきりいって自爆だった。目撃者の証言によると、飛び出してきた野良猫を避けようとして脇に停車していた軽油トラックに激突。大破、炎上しニュースにもなった。
最後までお人好しだ。猫のために命をなくしたのだから。「人には優しく自分に厳しく」を実現できる人たちだった。俺は自分の親として、誇りに思う。
両親そろって腐っていたのが玉にきずだが。そのおかげで無駄な知識が入ってしまった。
否、断言するが俺は腐ってない。断言する。無駄に知識があるだけだ。家にふつうに転がっている物だから。小さい頃はそれが何なのか分かってなかったしな。分かってからは見なくなった。
両親の他界後、俺たちの家には、今まで祖母と同居していたおばさん夫婦が、俺の面倒を見ると言う建前で引っ越してきた。しかしその実は、それなりに裕福だった家の資産を、義理の親としてもらい受けること。彼らの瞳に俺は写っていない。その欲に汚れた瞳に映るのは、お金ばかりだ。
だから、俺には居場所がない。
自分でもうつになるんじゃないかと思うことを考えながら、一つ、角を左に曲がった。徐々に細くなっていく道に街灯は申し訳程度にしかなく、人通りも皆無だ。
あと角を二つ曲がって、駅から電車に乗ってしまえばすぐに家についてしまう。あんなに早く帰りたかった頃が、幻想であったような気さえする。
俺は見えてきた角を今度は右に曲がった。
「お前か、辰巳ってのは」
「え?――っ!?」
突然の背後からの声に両手を捕まれ、壁にうつ伏せに叩きつけられた。とっさのことで反応が遅れてしまったが、一応仕返しとして、近づいて来た気配のあった後頭部後ろにあるだろう頭に向かって、頭突きをお見舞いする。ガスっと鈍い音がして、男のうめく声が聞こえた。
それでもつかんでいる腕は緩めることはない。俺は舌打ちをした。めっきり勝負を挑んでくるやつがいなくなったと思っていたら、随分強いやつが来たじゃないか。
「なにすんだよ、いてぇじゃねぇか」
たいしてダメージを食らっていないくせに、一丁前に文句をいってきたその男は、俺の手を押さえつけているのとは反対の手で頭を押さえてきた。
「――っ」
冷たい壁がじかに頬を冷やす。
なんだよこいつは。流石にこんな体育系っぽい体格の男じゃ、力で勝てない。真っ暗で顔も見えないから過去にやったことがあるのかないのかわからないし。あったとしてもいまの状況が変わるわけではないけど。
「ん?へー綺麗な顔してんじゃん。あーでもちゃっちゃと帰んねぇとまずいか…惜しいなー」
人の顔を覗き込んで、ぶつぶつとけったいなことをいっている男はあまり強面ではないようだった。あまりに近すぎて、押さえつけられる痛みに耐えながらでも顔の判別ができた。
見たことはない。確信できる。なんせ男の髪の色はマリモのように濃い緑だ。痛みも忘れて吹くところだった。
ただそれは男の方に引っ張られたことによって阻止された。これはチャンスだ。動かされたことで拘束の解けた足で、体を捻って回し蹴りを叩き込む。両手と頭を押さえられていてもこれくらいはできる。ちょっと腕が変に曲がった気はしないでもないけど。
「うおっと」
男は後ろに飛んで避ける。いい反射だ。残念。
すべての拘束が解けたことで、俺はそのまま一目散に逃げた。真剣にやれば勝てないことはないかも知れないが、意味がない。それに危険な橋は極力わたらないことにしている。叩くもの面倒だ。
「あ、おい!」
後方でどなる低い声に、おってきていないことを察知する。よかった。俺は安心して、少し早さを緩めてしまった、それが命取りだった。
「逃げんなよ」
「!?」
今度こそ、俺は男の腕の中にいた。いつの間に追いついたのか。全く気づけなかった。
「ほんとは使うのよくないんだよ、魔法はよぉ」
は?なんだって大の男からそんなファンタジーな言葉を聞かなきゃならないんだ。
もう意味がわからない。
「なんだよっ、離せ!」
「煩いなぁ、黙ってろ」
その言葉のあとに、首の後ろに鈍い痛みを感じて、俺の意識は遠のいた。
初めまして。
ノリで書いてしまっている作者です(笑
誤字脱字等ありましたら、お知らせください。