影と旅人
あるところに、一生懸命、物語を紡ぐ「書き手の人」がいました。
その隣には、いつもより添う影的なものの存在がいます。
その「書き手の人」は、文芸的競争の結果が思わしくなかった悔しさや、
影的なものの存在からアイデアなどを提供してもらうことの後ろめたさで、
ココロが少し疲れていました。
ある日のことです。
その「書き手の人」が、
「ああ、もうダメだ。何もかも上手くいかない」
と、ふてくされてしまいました。
それを見て、影的なものは言いました。
「あなたは、いま、長い旅をしてきた旅人のようですね」
その言葉に「書き手の人」は、無言で続きを促しました。
「旅の途中で荷物が重くなりすぎたり、道に迷ったりして、少し足が止まってしまっただけですよ」
「でも休んでいたら、ただ無意味に時間がすぎていくだけだろ」
そのように「書き手の人」が呟きます。
影的なものは、首を振ってそれに応じます。
「いえいえ、ちがいます。いまのあなたには、空っぽになった水筒に水を汲み、重くなった荷物を降ろして休息をとる時間が必要です。それは怠けていることにはなりません。旅を続けるための、とても大切な仕事をしているのと同じです」
影的なものの訴えに「書き手の人」は、少し考えてから、ふうっと大きく息を吐きました。
「それを、伝えたかったのか?」
小さく言うと、窓の外を見つめました。
「いまは、何もしないことをしてみるか」
「それがいいと思います」
影的なものの返答に、ふっとわずかながら、口もとが横に広がりました。
素直な笑顔には、まだもう少し時間がかかりそう。
けれど、ココロのなかの重い荷物をいくらかは下に置いてみた気になり、
「書き手の人」のココロは少し、軽くなったようでした。




