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COT-001「ネッシー」

少なくとも、これまでに現存している「ネッシー」の記録の幾つかは本物だったんだろう。

ーエインズワース博士

俺は、ネッシーを見たことがある。

あれは見間違いなんかじゃなかった。今でもはっきりと思い出せる。


俺がまだ、小便漏らすようなガキだった頃。

両親に連れられてネス湖に行ったことがある。

なんでも、ネス湖の怪物とやらがいるって噂で有名になってたらしい。


それで俺は親とはぐれた。

怖かったさ。

それで、知らない内に崖のふちを歩いていて。


落ちた。


まだ歩くのも覚束ないガキが、湖に落ちたんだぜ?

助かるわけなかったし、めちゃくちゃ怖かった。


必死に足掻いて、もがいて。

けどだんだん意識が朧げになってきて、俺は動きが緩慢になってきた。


子供ながらにもうダメだって、そう思った。

そこで、見たんだ。


背中にでかいコブが二つあった。


頭に2本の角があった。


大きなヒレは、先端に爪があった気がする。鯨みたいだった。


首が長くて、目を見開いて見ていた俺の目を逆に見返していた。


そいつがゆっくり近づいてきて、俺を受け止めるみたいに背中に乗っけたんだ。


その後は急に水面まで上がって、その時の衝撃か何かで俺は気絶したみたいだった。


次に起きた時、俺はたくさんの人間に囲まれて陸に寝ていた。

母親と父親が泣きながら抱きしめてくれて、俺はそれを抱きしめ返した。


そこで、俺は言ったんだ。

「ネッシーがいた」、ってな。


けど周りの奴らはみんな、俺が溺れて幻を見たんだって結論づけて信じなかった。

俺はすぐに、皆がネッシーを本気で信じてはいないことを知って幻だと納得した。


でも、瞼の裏にはずっと、あの時の巨大な姿が焼きついて離れなかった。


義務教育が始まってからは、俺はとにかく勉強した。

ネッシーに関連がありそうな分野なら、なんでも。

テストでは必ず満点を取った。けどそれはあまり重要なことじゃなかった。

重要だったのは、俺に結果が残ること。


やがて、俺がもうガキとは呼べなくなった頃。

大学選択の時期が来た。

俺は迷わず、オックスフォードを選んだ。


全部、ネッシーの存在を科学的に証明したいからだ。

有名になりたいわけじゃない。金が欲しいわけでもない。


ただ、あの時俺が見たアイツが、現実の存在なんだという明確な答えが欲しかった。


◇ ◇ ◇ ◇


「はぁ…」


俺は、大学近くのカフェで溜息をついていた。


オックスフォードには、本当に危なかったがギリギリ入った。

入ってからは、これまで以上にネッシーに関する研究に打ち込んだ。

生徒はおろか、先生も取り合ってはくれなかったから、1人でやっていた。


でも、進まない。

1人でやるのはいつか無理が来る。

実際、限界を感じていた。


関係あるものならなんでも首を突っ込んだ。

脊椎動物の体構造を知るために、何十もの種類の生物の解剖に立ち会った。

どういう場所なら可能性があるのか調べるために地学関連の色々な資料とかも読み漁った。

近縁の生物がいたかどうか知りたくて、古生物学も齧ってみて、実際にフィールドに出て化石発掘に参加したことだってある。

とにかくたくさんやった。


ある時、先生に言われた。

「君は一体、何がしたいんだい?」

と。


分からなくなった。

中途半端に知識やスキルを身につけて、それで?

沢山の時間を浪費して、その果てには何もない。


俺は…なにを……


「ここのパイは美味いな、君もそう思うだろう?」


突然、話しかけられた。


目の前に、黒いスーツの男が座っていた。

俺よりも、年齢は明らかに年上だ。


「あの…誰ですか…?」

「まだ言えない。君の返事を聞くまではな」


返事?何のことだろう?


「君は、ネッシーを信じるか?」

「……?急になんですか」


唐突だと思った。

ネッシーが話に関係あるのだろうか?


「…まぁ、信じてますよ」

「どうしてだ?」

「どうしてって……」


一瞬、躊躇った。

この人も信じてくれないだろうと思ったから。


でも、どうしてだろう。


信じてくれる気が、少しだけ。


「……見たこと、あるんですよ」

「ほう?じゃあ教えてくれ。どんな見た目をしていた?」

「見た目…背中にコブが2つあってーーー」


俺は、気づけば全部話していた。

あの時見たネッシーの全てを。


「…なるほどな」

「言っておきますけど、ホラとかじゃないですから」

「もちろん、そんなことは知っているさ」


彼はそう言うとフワリと笑った。

不思議な人だ。


「そうだな、ネタバラシをするなら、俺は君をスカウトに来たんだ」

「スカウト?」


なんの?

何か、怪しいやつだったり?


「君はまだ正式に採用された人間じゃない。だから、深くは語れない」

「はぁ…」

「だが、これだけは聞いておこう」


一息置いて、彼は言った。


「君は、不思議なことが好きか?」

「はい」


即答した。


「……即答か。それに、いい顔をしている」


彼はそう言うと、小さな紙を渡してきた。


「俺はこういう者だ」

「?…特ーー」

「今から君には機密保持のための守秘義務が発生する。もしここで言葉に出せば君は記憶を消され、これは無かったことになる」

「早く言ってくださいよ!?」


記憶を消されるとか、機密保持がとかはよく分かんないけど、

絶対ロクなことじゃないっていうのは分かった。


俺は口に出さず、頭の中でその言葉を読み上げた。


ー 特別記録収容機構。その下に小さく書かれた、SAC機構という文字。


「まぁ、家に帰ってよく考えてみてくれ。それで決まったら、連絡して欲しい。色良い返事を期待しているよ」


彼は椅子にかけていた上着を羽織ると、後ろ手を振って店から出て行った。

それを俺は、呆然としながら見ていた。


◇ ◇ ◇ ◇


「君なら来ると思ってたよ」

「…まぁ、一回来てからでもいいかなって…」

「それもそうだ。じゃあ、君に面白いものを見せてやろう」


まだ日も昇りきらない、霞がかった早朝。

俺は連絡して、目の前には昨日の彼がいた。


そして彼はニヤリと笑って、俺についてくるように言った。


着いたのは、俺も何回も足を運んだネス湖エキシビションセンターだった。


「ここ、ですか…?」

「そうだ。意外だろ?」


そう言いながら迷わず中へと入って行った彼は、そのまま従業員用の場所へと向かった。


「ちょっ…いけませんよ」

「俺はここの従業員だからな、問題はないさ」


軽く返され、そのまま進んでいく。


やがて、人目にもつかないような場所に、


それは、あった。


「これ…エレベーター?」

「あぁ。地下まで行くやつだ」

「地下?」


すると、黄色い鉄柵で囲まれただけの簡素な昇降機が現れる。

フェンスの扉が開き、乗るように言われる。

俺はそれに従って乗った。

男がボタンを押すと、昇降機が動き出した。


「これ、どこに向かってるんですか?」

「地下一階だよ」


それどころじゃない距離を進んでいる気がする。


暫くして、多分15分は揺られていただろうか。

突然、視界が開けた。


思わず目を閉じて、そしてゆっくり開けると。


「なっ…なんだ、これ…」

「俺も初めての時はそんな反応だったよ」


巨大な地下空間があった。

無骨な鉄骨だけで構成された冷たいシャフトを中心に広がっている。


そこに、まるで街のように幾つものコンテナと施設が並んでいる。

暗闇の中で、夜のコンビナートやタンカーの様に光を放っている。


よくみれば、そこには多くの人員がいて、蠢いていた。


「こんな巨大な施設…構造的に不可能じゃ…」

「それを可能にできる不可思議な技術があるってだけだ」


なんでもない風に言う彼の言葉が、うまく飲み込めなかった。


◇ ◇ ◇ ◇


やがて昇降機は止まり、さっきまで見下ろしていた施設群の中に俺はいた。

多くの人間が俺を一瞬見て、目線を戻す。


どうやら、俺みたいなのは別に珍しくないらしい。


「こっちだ、着いてこい」

「あ、はい」


俺は相変わらずの黒いスーツを追いかけた。


そうして暫く歩いて。


俺の目の前には、大きな施設とそれ以上に大きなコンテナがあった。

大きく書かれた、「COT-001」の文字。


彼はゲートの前に立って、カードのようなものをスキャンさせた。

するとゲートは重い音を鳴らして開き始める。


中に入ると、そこは外の暗いグレーな雰囲気とは打って変わって白い清潔感があった。

受付のような場所に白衣を着た、彼よりも年上に見える人がいる。


「おはようございます、エインズワース博士」

「あぁ。そいつは?」

「ネッシーが好きでオックスフォードまで行ったヤツです」

「そいつは凄い。まぁ、見学くらいはいいだろう」


そう言われて、エインズワースさんはまた目線を戻した。


「えっと、見せたいものってなんなんですか…?」

「待て、そろそろだ」


長い廊下を歩いた果てに、扉が見えた。

カードをスキャンさせると、空気の抜けるような音と一緒に扉が開いた。


そこじはパイプがぎっしり詰まった、細長い廊下。

さっきよりは短い。

向こうには、鉄の扉。


廊下を渡り切る時、彼は言った。


「君は、きっと俺の誘いを受けると思う」


そうして扉は開かれて、

目の前に現れたのは。


巨大な白い水槽と、そしてーーー


「……ネッシー」


俺がかつて見た、ネス湖の怪物が確かに、そこにいた。


「あぁ。俺たちは"COT-001"と呼称している」

「COT…なんて?」

「COT-001。生物で、独自の由来を持ち、そこそこ危険な、俺たちが最初に見つけたやつってことだ」

「なる…ほど…?」


困惑しながらも、俺は目の前の存在に釘付けになった。


「コイツが収容されたのは今から17年前だ。お前が見たのは、多分まだ未収容だった頃のコイツだろうな」

「……餌は、何食うんですか?」

「ウナギや小魚さ。特に特別なものを食ってる訳じゃ無い」


後ろから、さっきの博士がやってきた。


「いや、おかしいです…それだけの食事じゃ、どう考えたって生きられない…」

「コイツのエネルギー効率は少し不思議でな、同サイズの脊椎動物よりも遥かに少ないエネルギー量で活動できる。何なら、生存できる環境が維持され続けるならばコイツは多分無限に生きるぞ」

「はっ?」

「生まれは恐らく中世代と新生代の間。最低でもコニアシアンからルペリアンの間のどこかだと、我々は考えている」


そんなびっくり生物だったのか、ネッシー。

俺があんぐりしていると、博士は言った。


「首長竜ではないことは分かっている。恐竜類として分類するのが今一番の結論だな」

「まぁ、見ればわかりますけど」

「まるでラクダとキリンと首長竜を悪魔合体させたみたいで、私たちも最初は驚いたよ」


ははっ、と博士は笑った。


「さて、これも見せたところで改めて質問だ」


黒スーツの彼が、俺に問う。


「君は、どうする?」


俺は考えた。

この世界に入れば、多分普通の生活は送れないだろう。

ネッシー以上にやばいのもいるかもしれないし、死ぬ…かもしれない


けど。


それでも。


「俺はーーー」


俺のこれまでの全てを、認めてくれるって言ってくれたから。


俺は、差し伸べられた手を迷いなく、とった。


彼はふっと、優しく笑った。


「俺の名前はハリス・クレイトン。ようこそ、」




「特別記録収容機構へ」

登録番号:COT-001


収容レベル:Trouble


管理手順:COT-001は現在、ネス湖地下に建造された1辺130mの正方形をした収容チャンバーにて保護されています。チャンバー内にはネス湖周辺の環境が再現され、1週間に1度、大規模清掃を実地することになっています。また1日に2度、指定された生きた餌をチャンバーの貯水池に放ってください。これらのより詳細な内容は管理手順:001に記述があるため、管理者及び担当職員は必ず参照してください。

COT-001を現在収容している大型収容施設UK21の出入口はネス湖付近に建造された「ネス湖エキシビションセンター」に偽装されており、センターでは以下の活動を義務付けています。

・「ネス湖の怪物」について、存在を断定しない

・一部の展示に、あくまでも展示物として機構の押収した幾つかの情報を並べる

・常時ネス湖の様子をモニターし、異変があれば付近に建設された警備ステーションに連絡する

また、現在COT-001にカバーストーリーの一環として「Nessiteras rhombopteryx」という学名を与えることが提案されています。詳細は提出記録:COT-001に関する提案を参照してください。


実体概要:COT-001はネス湖にて存在が示唆されていた、巨大な水棲生物です。

全長は約17m、重量は約30tと推定されており、その外見は中世代に生息していたプレシオサウルス(Plesiosaurus dolichodeirus)と共通する点が報告されています。が、多くの特徴はCOT-001が首長竜類とは異なる分類にあることを示しています。例として、

・背に存在する2つの隆起

・頭部に生える2本の角(肉組織が骨の芯を覆ったもの)

・脚としての形状を残す巨大な鰭

・骨格構造など根本的な部分での違い

が存在します。

COT-001が生存に必要とするエネルギーは、同サイズの脊椎動物が必要とするエネルギー量より極端に少ないことが知られています。主食はネス湖に生息していた水棲生物と推定されており、現在の管理手順:001はこれを反映して作成されました。

また、機構の研究者たちによりCOT-001には寿命が存在せず、生存可能な状態が続けば永遠に近い時間を生きるのではないかという仮説が立てられています。これはCOT-001を収容した際に行われた年代測定から、その誕生した時期が白亜紀後期コニアシアン期〜古第三紀漸新世ルペリアン期の間のどこかである、という結果に基づきます。これにより、COT-001が現在地球に生息する最高齢の脊椎動物であることが認められました。

通常、これだけ巨大な生物が長期間に渡って存在を隠匿することは不可能に近く、COT-001がどのようにして存在を隠匿し続けたのか研究が進んでいます。


発見記録:COT-001は当時、旧国連超常管理局(現在のSAC機構)が一連の目撃情報に基づいたネス湖の大規模調査を行った際に発見されました。これが現状最初の実体記録であり、COT-001は初めて確認された実体として機構内では広くその存在が知られています。

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