第9話 嘘が暴かれる時
肺に流れ込んできたのは、排気ガスと湿った雨の匂い。
地獄の焼けるような空気とは違う、ひどく「現実的」な不快感だ。
気がつくと、俺たちは渋谷スクランブル交差点の真ん中に立っていた。
色とりどりの傘が、無機質な波となって俺たちの体をすり抜けていく。
「……あ」
隣でミウが、息を呑んだ。
彼女の視線の先。ハチ公口の巨大ビジョン。
『追悼:国民的アイドル、星野ミウ。その輝きを忘れない』
皮肉なものだ。
死んでからの方が、生きていた時より「清純派」として扱われている。
そしてその横には、新しいアイドルグループの広告。
センターに立っているのは、かつてミウの背中を追っていたはずの、パッとしない後輩だった。
「ひどい……私、いなかったことにされてる」
「いいや、違うな。お前は『最高の踏み台』として、死んでからも利用されてるだけだ」
カナタは冷たく吐き捨て、スマホを掲げた。
Inferno Live、起動。
地獄での死闘を経て、俺の指先は震えを止めていた。
「おい、家畜ども。……約束通り、お礼参りに戻ってきてやったぜ」
【現世配信:開始】
【同接:3,000人……5,000人……】
画面の向こう側で、現世の人間たちが気づき始める。
SNSに拡散される「#星野ミウ生存説」「#地獄からの配信」。
野次馬が野次馬を呼び、スクランブル交差点の歩行者たちが、次々とスマホを取り出す。
「……なんだ、あれ?」
「AR……? いや、ホログラム?」
視線が集まる。
その数に比例して、透き通っていた俺たちの肉体に「重み」が戻り始める。
フォロワーと注目。それが、この現世における俺たちの「受肉」の燃料だ。
「行くぞ、ミウ。まずは、お前の喉を潰し、俺を過労死させた『ゴミの掃除』からだ」
向かったのは、駅から徒歩数分の場所にあるビル。
かつての勤務先。そしてミウをゴミのように捨てた『シャイニング・エージェンシー』。
ビルのエントランスから、一人の男が出てきた。
高級なスーツを纏い、新人の少女に鼻の下を伸ばしている。
プロデューサー、佐伯。
ミウに捏造スキャンダルを叩きつけ、俺を会社に縛り付けて死なせた元凶。
「……あいつ」
ミウの指先が、怒りで黒く染まり始める。
地獄で培った殺意が、現世の物理法則を浸食していく。
「待て。ただ殺すんじゃ、エンタメにならねえ」
カナタはドローンカメラを佐伯の顔面に肉薄させた。
配信画面には、怯える佐伯の顔と、背後に浮かぶ「黒い影」としてのミウが映し出される。
『うわ、佐伯じゃん』
『コイツが黒幕だったの?』
『やれ! 復讐しろ!』
同接が1万を超えた。
瞬間、俺の手が、佐伯の肩をガシリと掴んだ。
「――よぉ。久しぶりだな、プロデューサー」
耳元での囁き。
佐伯が凍りついたように動きを止める。
誰もいないはずの空間から、死んだはずの部下の声が聞こえる恐怖。
「な……な、んだ……? 誰だ……っ」
「お前の隠してる『嘘』。今から世界中に、生配信してやるよ」
カナタのスマホ画面に、赤い通知が躍った。
【ギフト:『真実の暴音(音響トラップ)』を錬成】
だが、同時に画面の下端で不穏な弾幕が流れ始める。
『待て、この運営のカナタって奴、昔……』
『思い出した。コイツ、5年前のチケット詐欺事件の主犯だろ?』
過去。
俺が「運営」に回る前に切り捨てたはずの、暗い影。
復讐のステージに、予期せぬノイズが混ざり始めた。
「……チッ。どいつもこいつも、他人のアラ探しだけは一流だな」
カナタの瞳に、極寒の光が宿る。
自分自身の「嘘」と「過去」。
それらすべてを飲み込んででも、このライブを完遂させる。
「面白くなってきたじゃねえか。……全部、暴いてやろうぜ」




