第8話 現世への帰還権
「……ああ、ようやく消えるか」
「スッキリするわw」
「お疲れ、汚れアイドル」
スマホの画面を、冷酷な文字が埋め尽くしていく。
ミウの指先が、足首が、ブラウン管のノイズのように激しくブレ始めた。
光の粒子となって世界に溶け出していく。存在の強制削除。BAN。
ミウは虚ろな瞳で、自分の消えゆく手を見つめていた。
泣く気力すら残っていない。
かつてのファンに石を投げられ、汚い言葉を浴びせられ、最後はこの地獄で「汚れ物」として廃棄される。
それなら、いっそ。
(……これで、いい)
彼女が静かに目を閉じた、その時。
「勝手に終わらせるな、馬鹿」
低く、突き放すような声。
火傷だらけのカナタの手が、消えゆくミウの胸ぐらを乱暴に掴み寄せた。
「……カナ、タ……? やめて、もう。私は……」
「黙ってろ。お前の『死にたい』なんて感情に、1円の価値もねえんだよ」
カナタは操作画面を高速で叩き、システムログの深層へアクセスする。
【ヒート:720時間】。
苦労して手に入れた1ヶ月分の寿命。そのカウンターが、猛烈な勢いで逆回転を始めた。
【警告:自身の寿命を他プレイヤーへ譲渡しますか?】
【レート:2:1。消費されるヒートが倍増します】
「構うか。全部持っていけ」
スマホの画面が赤く発光し、カナタの体から奔流のような光がミウへと流れ込む。
ノイズで消えかかっていた彼女の輪郭が、強制的に「実体」へと引き戻されていく。
『え、マジ!?』
『自分の寿命削って助けた?』
『クズ運営のくせに何やってんの?』
同接が、驚きと困惑でさらに加速する。
カナタは、寿命を削られた反動で吐血しながら、ドローンカメラに向かって不敵に笑いかけた。
「勘違いするなよ、豚ども。俺はこいつを助けたんじゃない。……不良在庫を抱えたままじゃ、俺の経歴に傷がつく」
震えるミウの顎を掴み、強制的に顔を上げさせる。
その瞳に、逃れられない呪いを刻み込むように。
「お前はもう、アイドルじゃない。ただの汚れ物だ。……だが、俺がその泥を『芸術』に変えてやる。自分を裏切った世界を、その歌声で、その絶望で、一滴残らず焼き尽くしたくないか?」
ミウの瞳に、絶望とは別の、漆黒の焔が宿る。
死よりも深い、復讐という名の生存本能。
その「表情」が映し出された瞬間、同接は3,000の大台を超えた。
【特殊条件:絶望の再起を確認】
【ユニット『無名と星』:ランキング 10位以内に上昇】
ピコン、と頭上でファンファーレが鳴り響く。
地獄の静寂を破る、運営からの緊急告知。
【イベント発生:『現世帰還クエスト』】
【概要:死者の魂を、一時的に現世の肉体へ転送。24時間以内に『最大のバズ』を収穫せよ】
【報酬:現世への完全復活・ヒート無限】
「……現世への、帰還」
ミウが小さく声を漏らす。
カナタの脳裏に、自分を過労死寸前まで使い潰したかつての会社、そして、見捨てた業界の奴らの顔が浮かぶ。
「いいぜ。最高の復讐会場じゃないか」
カナタは血を拭い、黒炎の剣を納めた。
画面の向こうで、自分たちを娯楽として消費する数千人の観客へ、最後の一瞥をくれる。
「地獄の底からお礼参りにいってやるよ。……震えて待ってろ」
二人の体が、眩い光に包まれる。
向かう先は、自分たちを殺した、あの忌々しくも眩しい「光の世界」だ。




