第7話 元トップアイドルの末路
黒炎の軌跡が、無音の世界を斜めに両断した。
厚さ数十センチはある『沈黙の看守』の特殊装甲。
それが、熱したナイフでバターを撫でるように、音もなくズレて滑り落ちる。
遅れて噴き出す、光の粒子の血飛沫。
カナタは黒炎を纏った剣を振り抜き、荒い息を吐いた。
炎上ブースト・臨界。
筋力と魔力の8倍化というチートの代償は、細胞の奥底まで焼き尽くされるような激痛だ。
視界が赤黒く明滅している。
だが、勝った。
崩れ落ちた巨体が完全に霧散し、周囲に「音」が戻ってくる。
瓦礫が崩れる音。吹き抜ける風の音。
そして、システム音声。
【エリアボス討伐ボーナス:ヒート+720時間(約1ヶ月分)】
【ドロップアイテム:遺物『真実の鏡』を獲得しました】
光の粒子が収束し、地面にカランと音を立てて落ちたのは、豪奢な装飾が施されたアンティークの手鏡だった。
カナタが拾い上げるより早く。
ふらつく足取りで近づいたミウが、吸い寄せられるようにその鏡に触れた。
「あっ……」
ピキリ、と鏡面が割れる。
直後、手鏡から眩い光が溢れ出し、廃墟の空間に巨大なホログラム映像を投影し始めた。
ドーム球場。割れんばかりの歓声。
サイリウムの海の中で、笑顔で歌って踊るミウの姿。
トップアイドルの絶頂期。
だが、映像は突如としてノイズにまみれ、暗転する。
次に映し出されたのは、週刊誌のえげつない見出し。
『星野ミウ、パパ活疑惑! 裏アカ流出の闇』
事実無根の、捏造されたスキャンダル。
光景が次々と切り替わる。
SNSのタイムラインを埋め尽くす誹謗中傷。
事務所の社長から突きつけられる契約解除の書類。
「信じてる」と言っていたファンたちの、見下すような冷たい視線と、足元に叩きつけられるグッズの山。
『遺物』。
この地獄に落ちた死者の、最も強い未練と絶望を再生するアイテム。
「やめて……ッ! 見ないで、消して!!」
ミウが頭を抱え、地面に蹲る。
過去のトラウマを抉られ、過呼吸を起こしたように喘いでいる。
最悪のプライバシー暴露。
だが、カナタはドローンカメラを手繰り寄せ、そのホログラムと泣き崩れるミウを、完璧な構図で画面に収めた。
『うわ、あの時の炎上じゃん』
『やっぱ黒だったんだw』
『こんなとこで答え合わせかよ』
『アイドルの末路ww』
【同接:2,500人 突破】
数字が狂ったように跳ね上がる。
他人の栄光が地に堕ちる瞬間。これほど大衆の「消費欲求」を満たすコンテンツはない。
「やめてよ、お願いだから……!」
「なぜ止める必要がある?」
カナタは冷たく言い放った。
燃え盛る黒炎を解除し、火傷だらけの足でミウを見下ろす。
「これが、お前を消費した連中の正体だ。お前を愛してた奴なんて、最初から一人もいねえよ」
「ちがう、みんなは私を……」
「現実を見ろ!」
怒声。
カナタはミウの手元のスマホを蹴り上げた。
画面に表示されている数字。
【ミウのフォロワー:10】
【ミウのフォロワー:5】
【ミウのフォロワー:1】
過去の暴露により、わずかに残っていた同情票すら離れていく。
綺麗だった過去なんて、ここでは1円の価値もない。
だが、そのメッキが剥がれて見せる「本物の絶望」なら、100万円で売れる。
ピコン。
無機質な通知音が、廃墟に響き渡った。
【警告:ミウのフォロワーが0になりました】
ミウの足元から、ノイズのように輪郭がブレ始め、光の粒子へと変換されていく。
BAN(消滅)の開始。
誰にも見られなくなった存在は、この世界から完全に削除される。
「あ……、いや……」
消えゆく両手を見つめ、ミウが虚ろに呟く。
死が、秒読みで迫っていた。




