第6話 アンチと業火
黒焦げた死骸の山。
廃墟の広場に、異様な静寂が落ちていた。
ミウは地面にへたり込んだまま、声も出せずに震えている。
手元のスマホ画面。同接数は1,200をキープ。
だが、流れる弾幕は最悪の様相を呈していた。
『ミウちゃんをいじめるな!』
『サイコパス運営死ね』
『解放しろ、お前が代わりに死ね』
正義を気取った言葉の暴力。
群れることでしか自己を肯定できない、安全圏の有象無象。
「解放しろ、だと?」
カナタはドローンカメラを睨み据え、口角を限界まで吊り上げた。
「寝言は寝て言え。こいつは俺の所有物だ。お前らは黙って、俺のショーに金を払えばいいんだよ」
意図的な燃料投下。
画面の向こう側の「正義感」という名の薄汚い承認欲求を、真正面から殴りつける。
【警告:視聴者からの悪意が急増】
【炎上デバフ:レベル2へ移行】
虚空から、黒い靄が凝結する。
それは鋭く尖った「槍」の形をとり、カナタに向けて殺到した。
ガィィィンッ!
激しい金属音。
間一髪、羽織ったばかりの『電子の処刑衣』から展開された電磁バリアが、黒い槍を弾き飛ばす。
物理的な質量を持ったアンチの悪意。
バリア越しでも、内臓を揺さぶられるほどの衝撃。
「……ッ、痛えな。もっと本気で投げろよ」
血を吐き捨て、笑う。
その直後。
廃墟の地面が、擂鉢状に大きく陥没した。
瓦礫を吹き飛ばし、地底から這い出してきたのは、巨大な鉄屑の塊。
全高5メートル。顔のない、分厚い装甲に覆われた人型の怪物。
【エリアボス:『沈黙の看守』が出現】
「……マジかよ」
冗談じゃない。
そいつは、周囲の音という音をブラックホールのように吸い込んでいた。
ミウの悲鳴も、崩れる瓦礫の音も、一切聞こえない。無音の恐怖。
音響兵器として機能していたミウの「歌声(スキル増幅)」も、これでは通用しない。
看守の巨大な鉄拳が振り下ろされる。
バリアを展開したまま、横へ跳ぶ。
轟音すら奪われた無音の衝撃波が、カナタの体を紙切れのように吹き飛ばした。
肋骨が数本折れた感触。
バリアの残量が急激に目減りする。
スタンバトンの電撃も、あの分厚い装甲には傷一つつけられないだろう。
圧倒的な火力不足。
なら、どうする?
外から火力を調達するしかない。
カナタは立ち上がり、コートのバリア出力を手動で「切った」。
『え、バリア消した?』
『自暴自棄かよw』
『そのまま死ね!』
降り注ぐ、アンチの黒い槍。
無防備な肉体に、数本の槍が深々と突き刺さる。
「ガ、あぁぁぁぁッ!!」
声にならない絶叫。
肉を削がれ、骨を焼かれる激痛。
だが、それと同時に、システムが狂ったように警告音を鳴らし始める。
【炎上ブースト:臨界点突破】
【被ダメージ変換:筋力・魔力 800%アップ】
全身の血管が黒く浮き上がる。
過剰な痛みがアドレナリンを分泌させ、脳のストッパーを破壊する。
足りない。もっとだ。もっと「熱」が要る。
カナタは血塗れの顔で、震えるミウを振り返った。
「おい、ミウ!」
無音の空間。だが、唇の動きで伝える。
「俺を罵倒しろ。お前の腹の底にある一番汚い言葉で、俺を刺せ!」
ミウの目が大きく見開かれる。
怯えきった表情の奥底に、抑圧されていた「憎悪」の種火が灯った。
自分を道具として扱い、歌わせ、尊厳を踏みにじった男。
ミウは立ち上がり、喉から血が出るほどの絶叫を放った。
「――死ね! 最低のクズ野郎!!」
その言葉は、純度100%の呪いとなってカナタの胸を貫いた。
ドクン、と心臓が破裂しそうなほどの拍動。
ミウの憎悪と、数千人のアンチの悪意。
それらすべてを喰らい尽くし、カナタの体から赤黒い『業火』が噴き上がった。
手にしたスタンバトンが、黒炎を纏って長大な剣の形へと変貌する。
「……さあ、盛り上がってきたじゃねえか」
全身を焼く激痛の中で、カナタは腹の底から笑った。
圧倒的な装甲を誇る『沈黙の看守』を見据える。
「地獄の炎上祭りの始まりだ」




