第5話 廃課金者の寵愛
焦げた肉の臭いが鼻腔を突く。
巨大な怪鳥が消散した後の、コンクリートの廃墟。
瓦礫の陰で、ミウは血と泥に塗れた膝をきつく抱え込んでいた。
俺を見る目。明確な拒絶。
口を開けば罵倒が飛んでくるだろう。構わない。そういう「ギスギスした裏側」も、リアリティショーの立派なコンテンツだ。
手元の画面。
【同接:820人】
数字は高止まりしている。先ほどの「劇的な救出劇」の余韻。
いい客引きになった。だが、ここからが本番だ。
無課金の野次馬を1000人集めるより、狂った金づるを1人釣り上げる方が効率がいい。
その時、スマホの画面が暴力的な虹色にフラッシュした。
【スーパーチャット:1,000,000円(ゴールド・クラウン相当)】
【ユーザー:『サディスト・マム』】
『ミウちゃん、見つけたわ。怪物のど真ん中で、デビュー曲を全力で歌って。出来なきゃ、隣の男の首を吹き飛ばす』
鼓膜を殴るようなシステム音。
頭上の虚空に、黄金に輝く王冠のホログラムが浮かび上がった。
太客。しかも、最悪の部類の「厄介オタク」。
同時に、弾幕の質が一変する。
『マムだ!』
『百万の投げ銭とかヤバすぎ』
『てか隣の男うざい。ミウちゃんから離れろ』
『クズ男死ね』『死ね』『燃えろ』
嫉妬。悪意。画面越しの身勝手なルサンチマン。
直後、俺の首筋に焼け焦げるような激痛が走った。
「――ッ!?」
チリッ、と皮膚が黒く炭化する。
火の粉。何もない空間から生まれた「悪意」の結晶が、俺の肉体を物理的に焼き払い始めている。
炎上デバフ。視聴者のヘイトが閾値を超えると発生する、プラットフォームのペナルティ。
痛い。神経を直接火箸で弄られているような熱。
だが、気付いた。
皮膚が焼ける痛みに比例して、心臓の鼓動が爆発的に加速している。
血液が沸騰し、筋肉が張り裂けんばかりに膨張する。
【炎上ブースト(被ダメージ変換):筋力・魔力 300%アップ】
悪意は、最高の燃料だ。
痛みを噛み殺し、俺は立ち上がった。
首から煙を上げながら、怯えるミウの腕を乱暴に掴む。
「立て。仕事の時間だ」
「な、なに……首、燃えてる……ッ」
「客のオーダーだ。広場の真ん中で歌え。一番愛想の良い、アイドルの顔でな」
引きずり倒すように、彼女を瓦礫の広場の中央へ放り投げる。
血の匂いに釣られ、廃墟の奥から十数匹のレイス・ハウンドが這い出してきていた。
包囲網。逃げ場はない。
「む、無理よ! こんな所で歌えるわけ……ッ!」
「歌え!!」
俺の怒声。
ミウの肩がビクッと跳ねる。
首筋の炎を無理やり左手で握り潰し、その「熱」を右手のスタンバトンへ転装する。
青白い電撃に、赤黒い業火が混じる。
「お前の声帯を金に換えろ。死にたくなければ、笑って歌え!」
迫る怪物の群れ。
極限のストレス下。ミウの唇が震え、やがて、引きつったような笑みが張り付いた。
狂気。生き残るための防衛本能が、彼女から「人間」を剥ぎ取っていく。
震えるソプラノ。
崩壊した世界に、不釣り合いなほどポップなメロディが響き渡る。
俺はスキル『演出(Lv.1)』を起動した。
視覚の補正。音響の増幅。
ミウの歌声を、ただの空気の振動から「物理的な衝撃波」へと変換して周囲に撒き散らす。
音圧で怯んだ怪物の群れ。
そこへ、俺は炎を纏ったバトンを薙ぎ払った。
爆炎。
アンチの悪意で作られた業火が、扇状に広がり、怪物の肉体を消し炭に変えていく。
ミウの歌声がBGMとなり、殺戮のステージが完成する。
歌が終わる頃には、広場に立っているのは俺と彼女だけだった。
【ユーザー:『サディスト・マム』から追加ギフト】
【レア装備:電子の処刑衣(電磁バリア)を錬成】
虚空から落ちてきた漆黒のコート。
それを肩に羽織り、俺はカメラを見下ろした。
「客の注文通りだ。楽しんでるか、マム? アンチの連中も、いい火薬だったぜ」
挑発。
画面の向こうの100万の重圧すら、俺のステージの小道具だ。
振り返る。
歌い終えたミウが、その場にへたり込んでいた。
俺を見るその瞳孔は極限まで収縮し、呼吸を忘れたように震えている。
憎悪ではない。
俺という「底知れない怪物」に対する、純粋な恐怖。
それでいい。
怯えろ。お前が絶望するほど、この配信の価値は上がっていく。




