第4話 投げ銭の雨、血の匂い
暴風。
コンクリートの破片を巻き上げ、巨大な怪鳥『ゲイル・グリフォン』が飛翔する。
羽ばたき一つで、俺とミウの体は紙屑のように廃墟の壁へと叩きつけられた。
「ああっ……!」
背中から崩れ落ちるミウ。
銀糸のような髪が汚れ、ドレスの裾が無惨に裂ける。
【同接:210人】
【同接:280人】
数字が跳ねる。
巨大な絶望の登場。そして、それに蹂躙されるかつてのトップアイドル。
視聴者がヨダレを垂らして喜ぶ、極上の悲劇。
グリフォンが急降下してくる。
狙いは、地面で蹲るミウ。
スタンバトンを構えるが、届かない。圧倒的なリーチの差。まともにやり合えば、数秒で肉片に変わる。
「……ッ、カナタ! 助けて!」
恐怖に引きつった顔で、ミウが俺に手を伸ばす。
助ける? 馬鹿言え。
今、一番「美味しい」場面だ。
俺は手を伸ばす代わりに、自身のドローンカメラを手で弾いた。
レンズの画角を、ミウの怯える表情と、迫り来る巨大な鉤爪が完璧な構図で収まる位置に固定する。
「泣け」
「……え?」
「もっとだ! もっと無様に這いつくばって、画面の向こうの連中に助けを乞え!」
怒声。
ミウの瞳孔が開く。俺が「守ってくれる騎士」ではないと、ようやく理解した顔。
絶望。裏切り。そして、純粋な死への恐怖。
大粒の涙が、泥だらけの頬を伝い落ちた。
完璧な絵面だ。
『おいクソ男! なに見捨ててんだ!』
『ミウちゃん逃げてえええええええ!』
『お前が盾になれやあああ!』
弾幕が視界を埋め尽くす。
俺への罵詈雑言。ミウへの悲痛な叫び。
感情の爆発。それこそが、この地獄の通貨だ。
【同接:500人 突破!】
【熱狂ボーナス発生】
システム音声が鳴り響く。
虚空が割れ、光の奔流が降り注いだ。
銅、銀、そして黄金の輝き。怒り狂った視聴者たちからの、特大の「投げ銭」。
【ギフトを確認:強化ワイヤー、粘着性焼夷弾、回復薬(大)を錬成】
頭上に降り注ぐ物資。
俺は地を蹴った。逃げるためじゃない。
ミウの頭上に迫っていたグリフォンの鉤爪。その直下へ、滑り込むように飛び込む。
「――っ、カナタ!?」
「勘違いするな。お前は、俺の集金装置だ」
手に入れたばかりの粘着性焼夷弾を、真上の鉤爪に向けて叩きつける。
爆発。
鼓膜を破るような怪鳥の悲鳴。
引火した羽が燃え上がり、グリフォンの巨体がバランスを崩して地面に激突した。
チャンス。
俺は強化ワイヤーを廃墟の鉄骨に引っ掛け、反動を利用して跳躍。
もがき苦しむグリフォンの背に飛び乗る。
青白いスパークを散らすスタンバトン。
ありったけの殺意と、数字への執着を込め、怪鳥の首の付け根に全力で突き立てた。
「落ちろおおおおおおッ!!」
最大出力の電流。
肉の焦げる異臭。断末魔の絶叫が廃墟を揺らし――やがて、巨体が光の粒子となって霧散した。
【中ボス討伐ボーナス:ヒート+72時間】
【新規フォロワー+150】
ドサリ、と地面に着地する。
全身の筋肉が軋みを上げている。だが、体内には信じられないほどの力が満ちていた。
【同接:850人】
弾幕の質が変わっている。
『手のひら返しさせてくれ、かっこよかった』
『ミウちゃん守った!』
『なんだこのユニット、最高かよ』
馬鹿どもめ。
俺は守ったわけじゃない。一番金になるタイミング(・・・・・・・・・・・・・・)で手を出しただけだ。
へたり込むミウを見下ろす。
彼女は震える手で、裂けたドレスの胸元をかき合わせていた。
「……最低」
掠れた声。その瞳には、確かな憎悪が宿っている。
「最高の褒め言葉だ」
血に塗れた顔で、ドローンカメラに向かって不敵に笑う。
チョロいな。
死も、涙も、怒りも。
お前らの感情は全部、俺が生き残るためのエンタメだ。




