第3話 嘘つきたちのユニット
胃袋に収まった塩むすびの炭水化物が、熱となって全身を巡る。
崖を這い上がり、赤黒い荒野を抜けた先。
巨大なコンクリートの墓標のような、崩落したショッピングモールの廃墟が見えてきた。
セーフエリアの候補地。だが、入り口の広場は修羅場だった。
「――っ、来ないで!」
甲高い悲鳴。
ショーウィンドウの残骸を背に、一人の少女がへたり込んでいる。
泥と血に塗れた、アイドル衣装のようなフリルのドレス。銀色の髪。
周囲を取り囲むのは、四つん這いで奇声を上げる小鬼のような怪物たち。その数、ざっと十匹。
見覚えのある顔。
星野ミウ。現世でドームツアーを成功させた、正真正銘のトップアイドル。
なぜこんな地獄に落ちてきたのかは知らないが、現状は最悪だ。
彼女の周囲を飛ぶドローンカメラの表示。
【同接:45人】
【フォロワー:12】
【残りヒート:00:03:10】
ジリ貧。
華麗なダンスで魅了していたトップスターも、ここではただの餌。
怯えて泣き叫ぶだけの単調な映像に、視聴者は飽き始めている。弾幕の勢いがない。
助ける?
冗談じゃない。俺の筋力じゃ十匹の相手は不可能だ。
カナタは物陰に隠れ、自分のドローンを手繰り寄せた。
レンズを、襲撃されるミウの顔にズームする。
『え、あれ星野ミウじゃね?』
『マジだ、なんであんなとこに』
『死にそうww』
俺の配信枠の数字が跳ねる。
他人の不幸、それも「落ちぶれたスターの最期」という極上のエンタメ。
「おいお前ら、よく見とけよ。国民的アイドルの断末魔だ」
囁き声で煽る。
【同接:30人】
【同接:50人】
いいぞ。食いついた。
だが、このまま彼女が死ねばコンテンツは終了。ただのグロ動画で終わる。
なら、どうする?
俺が「プロデュース」してやる。
カナタは錆びた鉄パイプを握り、物陰から歩み出た。
怪物の群れに向かってではなく、ミウのカメラに向かって。
「おい、星野ミウ。そのツラ、最悪にブサイクだぞ」
ビクッと肩を震わせ、彼女がこちらを睨む。
絶望と恐怖で濁った瞳。
「な、なに……あなた、誰……ッ?」
「お前のファンじゃない。ただの通りすがりだ。……生き残りたくないか?」
「助け、て……」
「タダで? 虫のいい話だな。お前は今、何の価値もない」
怪物が一匹、カナタに飛びかかってくる。
鉄パイプで顎をカチ上げる。骨の砕ける鈍い音。だが、残りの九匹が殺意を向けてきた。
「契約しろ。俺の指示通りに動け。お前を世界一『可哀想で庇護欲をそそるヒロイン』に仕立て上げてやる」
「は……?」
「プライド捨てろ。泣き叫ぶな。カメラを睨みつけて、這いつくばってでも生き延びるって顔をしろ!」
怒声。
ミウは息を呑み、そして唇を強く噛んだ。
トップに登り詰めただけの執念。瞳に、微かな光が戻る。
彼女が立ち上がり、ドローンカメラを真っ向から睨みつけた。
『おおっ!?』
『ミウちゃん顔つき変わった!』
『隣の男だれ?』
『なんかユニット組むのか?』
システム音声が重なって響く。
【特殊条件クリア:プレイヤー同士の連携を検知】
【即席ユニット『無名と星』を結成】
【ユニットボーナス発生:双方の同接を合算・倍化】
【同接:210人】
爆発的な数字の跳ね上がり。
俺とミウの頭上に、まばばばっ、と大量の光の粒子が降り注ぐ。
無数のギフト。金、銀、銅のコインの雨。
【ギフトを確認:スタンバトン、特殊閃光弾、回復薬(小)を錬成】
カナタの手の中に、青白い火花を散らすスタンバトンが握られる。
「上等だ。お前ら、最高の投げ銭代わりだぜ」
カナタとミウ。
嘘まみれのユニットの、最初のライブ。
二人の前に、怪物の群れが殺到する。
同時に、廃墟の奥から地鳴りのような咆哮。
ショッピングモールの屋根を突き破り、空を覆うほどの巨大な鳥の化け物が姿を現した。
「……いいぜ。初コラボのゲストとしちゃ、最高に映えるじゃねえか」
カナタはスタンバトンを振り被り、笑った。




