第12話 世界を炎上させて死ね
無音の神。その白磁の肌が、音もなく弾けた。
俺が剣を叩き込むたび、真っ白な虚無に「黒いノイズ」が走る。
それは、かつて俺たちが必死に追い求めた数字の成れの果てだ。
「……ッ、はぁ、はぁ……!」
腕が熱い。血管の中を、煮え滾るような毒が流れている。
ヒートはもうゼロだ。
本来なら、俺は数分前に消滅してなきゃおかしい。
だが、俺を動かしているのは、運営が用意したエネルギーじゃない。
画面の向こうにいる12万人の家畜どもの視線でもない。
「神様……お前、気づいてるか?」
俺は血を吐き捨て、顔のない巨像を嘲笑った。
「沈黙」を維持しようとする神の表面。そこに、小さな文字が浮かび上がる。
『キモい』『死ね』『いけ』『最高』。
俺たちのエゴが、システムの遮断を突き破り始めていた。
「お前がどれだけ黙らせようとしても、俺たちの『バズ』は止まらねえんだよ」
俺はスマホを掲げた。
Inferno Liveの管理権限を、俺の魂の半分と引き換えに強制奪取する。
スキル『演出』の最終形態。
ターゲットは渋谷じゃない。日本でもない。
このクソッタレな、インターネットに繋がった「全世界」だ。
【警告:システムが限界突破しています】
【全プロトコルを開放……全端末への強制配信を開始……】
その瞬間。
世界の全デバイスが、赤黒い光を放った。
ニューヨークのタイムズスクエアも、ロンドンの地下鉄も、名もなき村の古びたPCも。
すべてが、俺とミウの「最終回」を映し出すモニターへと変わった。
「おい、全世界のクソ野郎ども」
俺の声が、地球上のすべてのスピーカーから爆音で響く。
「俺たちが、地獄の底から招待状を届けに来てやったぜ。……観覧料は、お前らの『日常』だ」
ミウが、裂けそうなほど喉を震わせて叫んだ。
それは歌なんて綺麗なものじゃない。
彼女を殺し、消費し、笑ってきたすべての人類への、呪いと祝福の絶叫だ。
神の巨像が、内側から爆発した。
物理法則が、ガラスのように砕け散る。
渋谷の空から、数え切れないほどの「ギフト」が降り注いだ。
それは黄金のコインではない。
地獄の炎。怪物の爪。死者の未練。
視聴者の「熱量」が、現世の薄っぺらな文明を物理的に焼き払い、侵食していく。
「あははははッ! 綺麗ね、カナタ! 世界中が、私を見てる!」
狂気に染まったミウの笑顔。
彼女の背後に、地獄の門が大きく開いた。
現実と非現実の境界線が、俺たちの配信によって完全に消失した。
『うそだろ、世界が終わる』
『消えろ、消えろ消えろ!!』
『助けて』『神様』『愛してる』
世界中から流れ込む、何十億ものコメントの奔流。
その巨大な圧力に耐えかね、スマホが、そして俺の脳が焼き切れる寸前で、俺はカメラ(ドローン)に向かって最高の、そして最低の「営業スマイル」を見せた。
「……これで満足か? お前らが望んだ、究極のリアリティショーだ」
渋谷は、もう元の姿をしていない。
立ち並ぶビルは地獄の塔へと変貌し、空には赤黒い月が浮かんでいる。
人類は、この瞬間から「観客」ではなく「演者」になった。
人気がなければ死ぬ。
誰にも見られなくなれば消える。
この狂ったルールを、世界そのもののルールに書き換えてやった。
俺は、崩壊する世界の中心で、隣に立つミウの肩を抱いた。
俺の体も、彼女の体も、もう半分以上が黒いノイズに溶けている。
だが、その瞳には、かつてないほど鮮烈な「生」の光が宿っていた。
「さあ、ミウ。次の配信を始めようぜ」
カメラに向かって、俺は最後の中指を立てる。
画面の向こうにいる「お前」へ。
「飽きさせてやらないって、言っただろ?」
【最終回:『世界を炎上させて死ね』 ―― 完】
【新規フォロワー:8,000,000,000】
【ヒート:無限(Endless)】




