第11話 沈黙の神
祭りは、一瞬で終わった。
渋谷を埋め尽くしていた数万人の怒号。
スマホの画面を滝のように流れていた弾幕。
それらすべてが、テレビの電源を切ったかのように消失した。
「……え?」
隣で、ミウの戸惑う声が響く。
世界から色が抜け落ちていく。
色彩を失ったスクランブル交差点。そこには、俺たち二人以外、誰一人としていなかった。
雨音すら聞こえない。完全な、真空のような静寂。
手元のスマホに視線を落とす。
【同接:--】
【コメント:接続中……】
【残りヒート:測定不能】
(……来たか。運営の、最終回答だ)
背筋に冷たい氷を押し当てられたような感覚。
俺たちの力の源泉は「数字」だ。
見ている奴がいなければ、俺たちはただの幽霊ですらない。
腕を見ると、皮膚の境界線が曖昧になり、向こう側の景色が透けて見えていた。
「カナタ……体が。私、消えちゃう……っ」
ミウが自分を抱きしめる。
フォロワー1,200人という「実体」を支える柱を抜かれ、彼女の肉体が砂のように崩れ始めていた。
承認欲求という麻薬で肥大化した俺たちのエゴが、無反応という名の断頭台にかけられている。
その時、交差点の中央に『それ』が現れた。
巨大な白磁の巨像。
目も、口も、性別もない。ただ滑らかな曲面だけで構成された、不気味なほど美しい偶像。
『沈黙の神』。
システムそのものが、俺たちを「無価値なデータ」として処理するために送り込んだ掃除屋だ。
巨像は何もしない。
ただそこに立ち、俺たちを見ている(・・・・)。
その視線には、怒りも、驚きも、感傷もない。
ゴミを眺めるような、純粋な虚無。
(……クソ。笑わせるなよ)
膝が震える。
肺が空気を拒絶する。
数字が見えない。自分が今、どれだけ強いのか、あと何分生きられるのかもわからない。
暗闇の中を、目隠しで歩かされているような絶望感。
地下アイドルの運営時代、一番怖かったのはアンチでも炎上でもなかった。
予約リストが「ゼロ」のライブ。
誰もいないフロアに向かって、必死に笑顔を振り撒く少女たちの、あの死んだ魚のような目だ。
(俺は……あの光景に、戻るのか?)
独白。
内側から、冷笑的な自分の声が聞こえる。
「お前は結局、他人に見られてなきゃ一歩も歩けない、空っぽのクズなんだよ」
「……ああ、そうだ。そうだよ」
俺は、透けかけた右腕を力任せに噛んだ。
肉の千切れる感触。痛みが、霧散しかけていた自意識を無理やり繋ぎ止める。
「俺はクズだ。……でもな、お前らに見られなくても、俺は俺のクズっぷりを知ってるんだよ」
画面の向こうに誰もいなくても。
ヒートのカウンターが止まっていても。
俺の心臓が、この地獄への怒りで脈打っている事実は、運営(神)にすら消せない。
「ミウ。……前を見ろ」
掠れた声。
消えかかっていたミウが、顔を上げた。
「誰も見てなくても、俺が見てる。……俺を、お前の『唯一のファン』にしろ」
ミウの瞳に、一瞬だけ、かつての純粋な少女の輝きが戻った。
そしてそれは、すぐに冷酷な『共犯者』の黒に染まる。
「……ええ。贅沢なファンね、カナタ」
彼女の歌声が、無音の世界を切り裂いた。
メロディはない。ただ、システムそのものを呪うような、魂の咆哮。
スマホの画面が、激しいノイズと共に真っ赤に染まった。
【エラー:予測不能な熱量を検知】
【全プロトコル……強制……再起動……】
「お前の『沈黙』、俺たちの『絶望』で焼き尽くしてやるよ」
俺は黒炎の剣を構え、顔のない神に向かって地を蹴った。
同接ゼロの、世界で一番贅沢なライブの始まりだ。




