第10話 最低の逆転劇
「――おい、見たかよ。コイツ、5年前の詐欺師だってさ」
「死んでもなお現世に迷惑かけにくるとか、救いようがねえな」
渋谷の街。
スマホを掲げる野次馬たちの視線が、熱を帯びた「殺意」に変わる。
画面を埋め尽くす『死ね』『消えろ』『クズ運営』の弾幕。
佐伯が、怯えていた顔をゆっくりと歪め、下卑た笑みを浮かべた。
「……なんだ。如月、お前も俺と同じ側の人間じゃないか」
肩を掴む俺の手を払い除けようと、佐伯が余裕を取り戻す。
大型ビジョンに映し出された俺の「死に顔」と、ネットに晒された詐欺師時代の写真。
現世の人間にとって、俺は「復讐に燃える被害者」ではなく、「地獄から湧いた汚物」に成り下がった。
(ハッ。最高だな)
肺の奥が焼ける。
ヒート残量、あと2時間。
だが、視界の端で『炎上デバフ』のメーターが、今までに見たことのない色で振り切れていた。
数万人のアンチ。その数に比例して、俺の全身を駆け巡る魔力が、現世の空気を震わせる。
痛えよ。全身の細胞をヤスリで削られているような激痛。
だが、その痛みこそが俺の「弾薬」だ。
「如月……。お前のような犯罪者の言うことを、誰が信じる? ミウちゃんをそそのかして、また金を稼ごうとしているんだろう? 汚らわしい」
佐伯が芝居がかった仕草で、背後のミウを庇うフリをする。
ミウが、震える瞳で俺を見た。
信じたい、でも信じきれない。アイドルの顔を剥ぎ取られた、一人の少女の迷い。
「……ミウ。お前も言えよ。この男はクズだって」
俺は血を吐き捨て、カメラ(ドローン)に向かって中指を立てた。
営業スマイル? そんなもんはもう必要ねえ。
俺が演じるのは、正義の味方じゃない。
「ああ、俺はクズだ!! チケット詐欺もやった、アイドルの夢を何人も使い潰した! 地獄に落ちて当然のゴミだ、文句あるか!!」
激白。
同接が5万を突破する。
渋谷の群衆が、ネットの視聴者が、俺のあまりの開き直りに一瞬沈黙した。
「だがな……。俺は『自分がクズだ』と認めて、地獄の底で100円の鉄パイプ一本から這い上がってきたんだよ。……お前はどうだ、佐伯? 綺麗なスーツ着て、高そうな香水つけて、その下にある腐った中身をいつまで隠してられると思う?」
「何を、デタラメを……ッ!」
「エンタメの時間だ。……ギフト、発動」
【ギフト:『真実の暴音』を起動します】
佐伯のポケットの中で、彼のスマートフォンが青白く発光した。
俺が地獄で手に入れたスキルと、数万人のアンチが投げた「呪い」の結晶。
『佐伯さん、星野ミウのスキャンダル、準備できました』
『……ああ。例の枕営業の捏造写真か。うまく広めろ。アイツは生意気すぎたからな。あ、ついでに経理から回した3,000万、俺の口座に入れておけ』
ビルの壁面、大型ビジョン、周囲の通行人のスマホ。
そのすべてから、佐伯の「本音」が爆音で響き渡った。
「な……な、なんだ、これは! 捏造だ! 止めろ、止めろおおおッ!!」
佐伯が狂ったように自分のスマホを地面に叩きつける。
だが、止まらない。
一度ネットワーク(地獄)に乗った真実は、誰にも消せない。
【視聴者アンケート:佐伯は有罪か?】
【有罪:99.8%】
「……あ」
佐伯の足元。
渋谷の硬いアスファルトが、ドロドロとした黒い影に変質した。
そこから、数え切れないほどの「死者の手」が伸び、彼の足首を掴む。
「な、なんだこれ!? 離せ! 助けてくれ、ミウちゃん! 如月!!」
「プロデューサー。あんたがいつも言ってたよな。『アイドルは消費されてナンボ』だって」
俺は、ズルズルと地底へ引きずり込まれていく佐伯を見下ろし、耳元で囁いた。
「今度はお前が、地獄の視聴者に消費される番だ。……精一杯、醜い死に様を配信してくれよ」
「いやだ、いやだあああああああッ!!」
断末魔の叫びと共に、佐伯の体はアスファルトの底へと完全に消えた。
後には、彼が着ていた高級スーツのネクタイ一本すら残らない。
【現世帰還クエスト:フェーズ1 クリア】
【報酬:ヒート+8,760時間(1年分)】
静まり返る渋谷。
俺は、立ち尽くすミウに向かって、血塗れの手を差し出した。
「おい、ミウ。……続きをやるぞ。まだ、俺を殺そうとした連中が残ってる」
ミウは、俺の手を、そしてカメラをじっと見つめ――。
初めて、恐怖でも絶望でもない、冷徹な「共犯者の笑み」を浮かべた。
「……ええ。最高のアンコールにしましょう、カナタ」
【同接:10万突破】
本当の『地獄』は、ここからだ。




