どうせ厄年だからと療養に極振りしたらなんかいい感じになった話。
どうせ厄年。
神社の紙に書いてありました。
休運。
今年は何をやっても上手くいかない。空回りする。変調が起きやすい。
なのでこう考えました。
今年は何が起きても自分のせいではない。
頑張るのはさっさと辞めて、何もせず、嫌なことはしないでゆっくり過ごそう。
何もしないとは言え色々とやってはおりますが・・・。
そんな感じで自分のせいにしない。自分を大事にする。
療養に極振りする年にしようと決めたんです。
13年間、元気なのは月に1週間だけという鬱々とした日々を送っていました。
頭をナイフで刺したくなったり、飛び降りたくなったり。
絶望感と不安感で体は常にガチガチに固まっていました。
できるなら今すぐ死にたいと思いながらも死ぬ仮日を5年後に設定してなんとか耐え忍んできました。
最初から私の書いたものを読んでる人なら分かると思いますが
だいぶ死にたがりな人でした。
「不安に喰い殺される」「7年後に死ぬとしたら何がしたいか」というエッセイもその時に書きました。
死ぬ日(仮)を数年後に設定した場合、
それまでに何がしたいのか、どこへ行きたいのか、何が食べたいのか、誰に会いたいのか。
それが今自分が一番望んでいる幸せなのではないかと思いましたね。
今ならう〜ん、あと5年だとすると
先程書いた
↓
推しの店員さんに愛を叫ぶ
生涯旦那推し活ライフ
藤沢の駅南に移住
小説家になる
アニメ化して山谷さんに声依頼
舞台化して友達に出演依頼
ですね!
あ、カービィカフェも行きたいです!
ありがたいことにホルモン治療を始めてからのこの1ヶ月間はメンタル体調が安定してます。支えて下さる方々ありがとうございます。
まだ1ヶ月なのでこれからどうなるかは分かりませんが
落ち着いた状態で生活できて誕生日を迎えれて良かったです。
でも鬱々とした症状がなければ今の推しに出会うことも、
小説を書くこともありませんでした。
鬱は無いに越したことはありませんが今の人たちに出会えたのだとしたら悪くはないのかもしれません。
元気な時だけでなく辛い時も友達、フォロワーさんでいてくれた人達に感謝です。
本当にありがとう。
どうせ厄年だからと療養に極振りしたらなんかいい感じになった、そんなお話でした。
最後まで読んで下さりありがとうございました。




