異世界転生、まずは「転生者登録証」窓口へどうぞ。〜チートより先に「常識」と「生活費」を受け取ってください〜
初小説、初投稿です。
隣の部屋から今日も人が来る。
私はここで働いている。
転生届の窓口係だ。
この建物は、
一本の長い廊下に、
小さな木製の部屋がずらりと並んでいるだけ。
どれも同じ作り、同じ大きさ。
中は六畳一間くらいで、小さな窓と扉があるだけ。
死んだ人が「目覚める」場所。
そして、その隣が私の窓口。
今日もまた、隣の部屋の扉がスッと開いた。
出てきたのは――二十歳そこそこの青年。
でも、服は明らかに場違いだ。
ヨレヨレの作業着に、油まみれのエプロン。
指には古い傷跡がいくつも。
四十代後半か、もしかしたら五十手前だったかもしれない体型のや表情の癖が若返った姿にも残っている。
「……ここ、どこ?」
「お疲れさまでした。
お亡くなりになられたのですね。
おめでとうございます、転生です。」
私はいつもの調子でカードを差し出す。
「こちら、『転生者登録証』です。
これがあれば、この世界で生活するのにかなり便利になります。
ただし――今日一日だけですよ。
受け取りは初日のみ。
明日になったら、もう発行できません」
青年はカードを受け取りながら、自分の手を見下ろして固まった。
「……俺、こんなに若かったっけ?
……ってか、言葉が普通に通じてる……?」
「ええ、そうなんです。
転生した瞬間に、この世界の言葉が自動で理解できて、話せるようになります。
だから、言葉で苦労することはありません。
お店の人も、宿の人も、みんな普通に会話できますよ。
それだけは、この世界の親切なルールの一つです。」
青年は少し驚いた顔で、自分の口元に手を当てた。
「……マジか。
俺のいた世界の言葉じゃなくて、ここで生まれた言葉が自然に出てくる感じ……
なんか不思議だな。」
「不思議ですよね。
私も最初はびっくりしました。
でも、それのおかげで、言葉の壁でつまずくことはないんです。
だからこそ、あとは生活のルールやお金のやりくりが大事になってきます。」
彼はカードを握りしめながら、ぽつりと言った。
「俺……最後、工場で倒れて、
『もう一度若い頃に戻って、ちゃんと家族と過ごせたらな』
って思ってた」
「なら、ぴったりじゃないですか。
二十歳そこそこでリスタートです。
言葉も通じるし、やり直しやすいはずですよ。」
「……でも、金もねえし、この服じゃ仕事も見つからねえだろ。」
「だから、この窓口があるんです。」
私は説明を続けた。
「この登録証を見せれば、ほとんどの店や宿が『転生者さんですね』って分かって、常識的な値段にしてくれます。
ぼったくりは法律で禁止されています。
あと、当面の生活費と、この世界の普通の服も貸与します。
一応、返済計画書もお渡ししますね。
ちゃんと働いて返してください。」
青年は登録証を握りしめて、少し笑った。
「……ありがと。
ちゃんと聞くよ。
前は、ちゃんと聞かずに生きて、後悔ばっかだったから……」
私は頷いた。
「賢明な選択です。
私も、隣の部屋から来た同郷ですよ。
ちゃんと転生者登録証を受け取って、会話には困らないのに、それでも苦労しました。
文化の違いとか、仕事の探し方とか、最初は何もかもがわからなくて、何ヶ月もかかりました。
だから今、ここで働いてるんです。
同じように来た人が、私みたいに無駄に苦労しないように。」
青年は静かに息を吐いた。
「じゃあ俺は……ちゃんと転生者登録証持って、まともに生きてみるわ。家族に会えなくても、せめて自分だけは、まともに生きてみたい。言葉が通じるだけでも、だいぶ違うよな。」
私は引き出しから、古びたカードを出した。
「これ、私の最初の転生者登録証です。
ちゃんと受け取って、毎日持ち歩いて、少しずつ返済しながら生きてきました。今はもう返し終わってここの市民となっているのですけれど、「転生者登録証」は記念に取ってあるんです。」
そして、青年を笑顔で見つめる。
「あなたも、いつかそう思える日が来るといいですね」
青年は深く頭を下げて、書類を受け取った。
「ありがとう。職業斡旋の案内も、ちゃんと見てきます。」
彼が窓口を出て行こうとした時――
バン! と扉が乱暴に開いた。
「おい! てめえ! 何でこんな目に遭うんだよ!
金ねえ! 飯も食えねえ! 宿も追い出された!
冒険者ギルドの奴らもクソくらえだ!
今から登録証くれよ!」
私はため息をついて、机の上に手を置いた。
「……あなた、数日前に『登録証なんかいらねえ!』って飛び出した人ですよね」
男は顔を真っ赤にして机を叩いた。
「うるせえ! 今からくれよ!
自由に生きられねえじゃねえか!」
「無理です。期限切れです。
受け取らなかっただけですよ。
それ自体は犯罪じゃない。ただ、不便なだけです。
最低限のコミュニケーションは取れるし、冒険者にもなれるけど、転生者登録証がないと、生活が苦しくなって、トラブルを起こしやすいんです。」
男はさらに声を荒げた。
「じゃあどうすりゃいいんだよ!
冒険者やってるのに、特典なしじゃ食えねえ!」
「だから言ったじゃないですか。
登録証があれば、店も宿もまともな対応をしてくれるのに。
受け取らない人は、我慢できずに、犯罪に走る人が多いんです。
特に冒険者資格を取った人がね。」
私は静かに続けた。
「あなた、今、私を恫喝しましたよね。
一般人への恫喝は、この国では犯罪です。
ましてや冒険者資格を持っている人がやったら……重罪ですよ。
冒険者ギルドの支部長が厳しいんです。
『資格持ちは模範になれ』って。」
男の目が一瞬泳いだ。
その時、窓口の裏手の控え室から、街の衛兵が二人、無言で入ってきた。
「……あ……」
「はい。お呼び致しました。
それも業務の1つですので。
よくあるパターンです。」
男は後ずさりしながら、
「待てよ、ちょっと待てって……!」と声を上げた。
私は首を振った。
「ここは『次』がない世界です。
受け取らなかったのはあなたの選択。
でも、そこで犯罪を犯したら、それはもう、取り返しがつきませんよ。」
衛兵たちが両脇から少し寂しそうな表情で男の腕をつかむ。
「……軽い罪で済むといいですね。」
私は小さく呟いた。
「期待は薄いですけど。」
扉が閉まる。
静かになった窓口で、青年がまだ少し残って、呆然とその一部始終を見ていた。
「……あの人、受け取らなかった側、か。」
「ええ。
受け取らないこと自体は自由です。
ただ、無駄に苦労が増えるだけ。
最低限の恩恵はあるのに、それでも地道な生活が我慢できずに、犯罪に走る人が多いんです。
特に冒険者になると、『俺は強いはずだ』って思い込みが強くなって。」
青年は静かに頷いた。
「俺は……ちゃんと持ち歩くよ。
言葉の壁がないだけでも助かるし、同郷の先輩が、こんなに親切にしてくれるなら。」
私は微笑んで、
書類をもう一度確認した。
「では、職業斡旋窓口へどうぞ。
頑張ってくださいね。」
青年が出て行った。
私は古い登録証をそっと引き出しに戻した。
隣の部屋から、また誰かが目覚める音がした。
今日も、隣の部屋から人が来る。
死んだ時の服のまま、
願った年齢で。
言葉は通じて。
私はまた、同じ説明を始める。
同郷が、少しでも楽に生きられるように。
それが、私の仕事だ。
転生届の窓口係の、
地味で、でも必要な仕事。
初めての小説を書いて、そして、載せてみました。
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