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通り雨  作者: 志に異議アリ


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2/2

雨を待つ男


昔を思い出す。


窓を叩く音が、忘れたはずの鼓動を呼び戻すからだ。


あの日も雨だった。


閉店間際の喫茶店、ガラス越しに街のネオンが滲んでいた。


彼女は、傘を差し出すように声をかけてきた。


「雨、好きなんですか?」


たったそれだけで、心が少しだけ揺れた。


彼女の瞳には、濡れてもいいと願うような、危うい光があった。


だから、私は答えた。


「濡れても構わない時だけ、好きですね」


あれはサインだった。



通り雨程度の関係なら、いいですよ。


そう伝えるための、静かな逃げ道。


本当は、もう誰も傷つけたくなかった。


家庭を壊すつもりも、彼女を奪うつもりもなかった。


ただ、誰かに自分の孤独を見てほしかった。


彼女といる時間は、静かな罪のようだった。

コーヒーの香りに混じる彼女の匂い。

言葉にできない想いを、指先でなぞるように飲み込んだ。


夜が深まるたび、恋が浅ましくなる。


愛してはいけない人ほど、心の奥まで染みてくる。


それがわかっていても、止められなかった。


彼女が「この時間が続けばいいのに」と言った夜、

私は心の中で叫んだ。


――終わらない時間なんて、退屈ですよ。


本当は、

「永遠なんて約束できない」と言いたかった。


「終わると知ってるから、愛しいんです」と。


転勤が決まったのは偶然だった。


けれど、神様が与えてくれた逃げ道のように思えた。


別れの日、雨が降っていた。


傘を差さずに歩いたのは、彼女に何かを残したかったからだ。


濡れながら歩く背中を見て、

彼女が「通り雨だった」と気づいてくれたらいい。


そう願った。


……けれど、あれから何年経っても、

雨が降るたびに、あの喫茶店の窓を思い出す。


彼女が座っていた席の向かい側が、いつも空いている気がする。


傘を持たないのは、もう濡れたいからじゃない。

乾かない記憶を、消したくないからだ。


通り雨のつもりが、心の中ではいまだに降り続いている。




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