8 マダム・カーラの店で布を識別する
ルクシアと一緒に店から出てきた銀髪の男性を見て、御者が驚いたように名前を呼んだ。
「ロレンツォ!」
「オリバーか。ああ、なるほど、ルクシア様は君が護送していたんだね。ルクシア様を別な仕立て屋にお連れするけど、構わないよね?」
御者と、この男性……ロレンツォというらしい、が知り合いだと知ってルクシアは驚いた。
ロレンツォは旅の途中で御者と何度か会い、親しくなったそうだ。
「ロレンツォは香料商を営む商家の……いわゆる、放蕩息子だ」
「放蕩息子とはひどいな。僕は遊んでいるように見えるかもしれないけど、やることはやってるんですよ? 時々は家にも帰るし。オリバーなんて家出してから帰ったことないでしょ?」
「うるせぇ! うちの実家はな……色々あんだよ、色々とよ!」
ルクシアは無言で歩きながら、2人のやりとりを楽しく聞いていた。
いつも無愛想な御者がロレンツォにはフランクに話せているのは、ロレンツォは洗練された雰囲気を持っていても、悪い意味での気取ったところや嫌味がないからかも、とルクシアは思った。
「ルクシア様。マダム・カーラという女性がやってる仕立て屋が僕の一番のオススメなのですが……かなり頑固な性格なんです。違う店もありますが、どうしますか?」
「頑固……ですか。別に構いませんわ」
さっきの店みたいに蔑んでくる人間よりは頑固な人間のほうがまだマシだった。
ルクシアはロレンツォが一番オススメしている店に行ってみることにした。
マダム・カーラの店は街の裏通りにあって、看板もない小さな店だった。
ありとあらゆる種類の布地が高く積まれている店内で、40代後半くらいに見えるグレーの髪のマダム・カーラはメジャーを首にかけ、布地に印をつけながら慎重にハサミを動かしていた。
「マダム・カーラ。こちらの女性に似合う、外出用の上質なローブやワンピースのような仕立て服をお願いできませんか? 明日の朝にはこの街を立つそうなんで時間はないんですが」
「いきなり来て、無茶言うね。まあ、できないことはないよ、さっきも馬鹿な客を怒鳴って追い返して暇だからね」
マダム・カーラが舐めるようにじっくり見てきたが、ルクシアは現在のみすぼらしい服装を恥じることなく、堂々と立った。
「その服じゃ隠しきれないわね。背中の張り、肩の線……長年、良いドレスを着てきた人間の体だ……あんたそんなナリだけど、元は貴族の娘だね」
少し見ただけで言い当ててしまうマダム・カーラにルクシアは驚いた。
ロレンツォがいうように、彼女が超一流だというのがそれだけでわかった。
「だけどね。貴族の娘だからって布を知っているわけじゃない。いまからいくつかの生地を見せるから、それがどんなものか当ててみな。これくらいわからなきゃ話にならないよ」
「……ああ、やっぱりマダム・カーラ節だ。ルクシア様、あんな調子ですが、他の店に変えることもできますよ?」
「私……やってみますわ」
現在のルクシアには、もちろん侯爵令嬢としての記憶がある。
しかし、いつもおまかせで服を作っていたルクシアに布の種類など、わからない。
彼女にはMOGに協力してもらえば、なんとかなるかもという期待があった。
《わかりました。視覚・触覚・嗅覚を使って布の種類を判別しますので、ワタシが言った言葉をそのままマダム・カーラに伝えてください》
ルクシアは3種類の布をよく観察し、指で触っていく。
「これは……ルスリナ麻。暑い気候でも肌にまとわりつかないから貴婦人の夏の下着によく使われるわ。こっちは冬用コートの裏地にも使われてるドーネの羊毛で、湿気を含むと柔らかくなって温度で弾力が変わるわね」
次々と迷うことなく当てて行くルクシアにマダム・カーラは驚いた顔をしている。
最後の1枚はMOGに指示されて鼻を近づけた。
「染めは……草木系。西方高地のラトゥナ草で染めたセルレナ綿かしら? 柔らかいけど、乾燥しても型崩れしにくいから、旅装に使われるはず」
マダム・カーラは感心したような顔で全部正解だと言った。
「ドーネの羊毛は仕立て屋でも知らないやつが多いし、セルレナ綿は貴族が使ったりしない庶民の布だ。物知らずの貴族娘かと思ったけど……あんたよく知ってるね。いいよ、作ってやるさ」
ロレンツォはルクシアに脱帽しているようだった。
「ルクシア様の知見には正直驚きました。マダム・カーラはクセが強い人ですが、少しでも才能を感じた相手には、とことんこだわった最高の一着を作ってくれますよ」
「クセが強くて悪かったね。ほら採寸するから、男どもはさっさと出ておいき」
その後マダム・カーラによってルクシアの採寸が行われた。
──布の種類が書かれている魔法紙がきっとあったのね。それがなかったら不正解だったのだからMOGも万能ってわけではないことを忘れないようにしないと。
そして翌朝、ルクシアと御者が店に行くと、すでにロレンツォが店の前で待っていてくれた。
たまたま偶然知り合っただけで、今日はもう別れてしまうのに、彼は面倒見がよい男だった。
マダム・カーラは「こんな髪じゃ、私の服が泣くよ」とまた男性たちを外に追い払い。ヘアセットと化粧までしてくれることになった。
「ロレンツォは優しくていいやつだろ?……でもね、香料商の坊ちゃんってのはたぶん嘘だよ」
ルクシアの髪をとかしながら、マダム・カーラは笑い声まじりにそう言った。




