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5 意識の融合

王都を抜けると通りがかりの者たちからの罵倒はなくなったが、舗装されてない道のせいで、元々ひどかった護送馬車の揺れは、さらにひどくなった。


腰の骨にまで響く振動と、ギシギシとうるさい車輪の軋みが絶え間なくルクシアの耳を苛んだ。


──精神的につらいのと、肉体的につらいの、どっちがマシなんだろう?


そんなルクシアは、数時間後には罵声の方がまだ耐えられるかも、と思うようになっていた。



護送馬車は、陽が傾きはじめた頃、小さな集落の中央にある宿屋の前で停車した。

集落といっても、家が十軒もあるかどうかの規模だ。


──どうしてこんな田舎に宿が?


疑問に思ったルクシアはMOGにすかさず聞くと、MOGは答えた。


《この近くの聖地があるのが地図から確認できます。ここは巡礼者が利用する宿でしょう》


宿の前には、「光の羽根」が彫られた石碑が立っていた。

それが聖女の象徴だと思い出したルクシアは、皮肉だなと思った。


「ここが今夜の宿だ、降りろ」


御者の男が牢屋のような造りの護送馬車の鍵を開けた。

男は30代前半くらいに見えた。細身だが貧相というわけではなく筋肉質な体型で、つばが大きい黒い帽子をかぶり、黒いなめし革のチョッキを羽織っている。


御者はルクシアの腰を荒縄のようなもので縛った。


「悪いが規則なんでね。部屋に入ったら外す」


「はい……」


彼は黒い帽子の下の、長いまつ毛のけだるそうな目で、ルクシアの顔をじっと見つめてきた。


「アンタさ…………本当に王都中で噂されてるような酷いことをしたのか? どうも信じられない」


「え?」


「俺の仕事は罪人の流刑地への護送だ。だからこれまで罪を犯した人間を嫌というほど見てきたが、アンタはどうもこれまでの連中とは違うんだよな……まあ、なぐさめにもならねぇけどよ」


この男が冤罪から助けてくれるわけではないけれど、こう言われたルクシアは少し嬉しかった。


縄をほどかれて部屋に入ると、外から鍵を閉められた。

巡礼者用であるこの宿の部屋は狭く、限りなく質素だったが、ベッドに飛び込んだルクシアは喜びを感じていた。


体がベッドに沈み込んでいくたびに、涙が出そうになった。

自分でも驚くほど、小さな安らぎに弱くなっていた。


──ああ、このベッドもたいしたものじゃないはずなのに……あの牢屋のがビスケットなら、まるでマシュマロやワッフルみたいにフワフワ。


護送馬車の振動もあって疲れ切っていたルクシアは、この夜は深く、ものすごく深く眠った。

そして彼女は不思議な夢を見た……いや、夢とは少し違うかもしれない。




ゲームのルクシアとの意識の融合が……本格的にはじまるのが感覚的にわかった。

王太子とソフィアに会ったことで、「怒り」によりゲームのルクシアが目覚めてしまったのだ。


しかし目立たぬように生きてきた栗原凛奈と、堂々と自己主張して生きてきたルクシア・ウィンターローズは真逆の性格だった。

そのままでは頭が混乱してしまう。どちらかに性格を統一する必要があった。


彼女は迷うことなく……ゲームのルクシアの性格を選択した。


栗原凛奈は親からの育てられ方のせいで人付き合いが苦手になっただけで、ルクシアのように注目を浴びることを恐れない性格に、ずっと憧れがあったのだ。

それにこの世界では、ルクシアとして生きる方が自然で、守るべきものもある。


──自分が消えるわけじゃない。「ルクシアとして歩く」ことを選んだだけ。栗原凛奈の想いも、知識も、後悔も……ちゃんとここにある。





そして彼女は、男の怒鳴り声と足音で目覚めた。


「王都から来た罪人女がいるってなァ! 今度はオレたちが裁いてやる!」


宿の主人が戸口を押さえている声が聞こえる。


ルクシアはベッドから飛び起きた。


《モグ! 武器になる物を選んで頂戴!》


《部屋の暖炉脇に鉄製の薪ばさみ、洗面台にガラスの水差し、壁に装飾用の鏡──これは破砕できます》


ルクシアは鏡を手に取り、素早く床に叩きつけた。ガラス片が散る。


《そのまま、窓の前に立ってください。光反射と角度で錯覚を誘導します》


破片を床に配置しながら、MOGが案内する位置に立つ。

次の瞬間、戸は蹴り破られ、2人組の男がナイフ片手にルクシアの部屋の中に入ってきた。

男たちは酒に酔っているようで、足元がふらついていた。


「そこかぁ、聖女気取りの悪女のクズが……ひっく」


男たちは室内に足を踏み入れた瞬間、床に砕けた鏡片に足を取られバランスを崩す。

ルクシアはあらかじめ拾っていた水差しを、ひとりの男の顔面めがけて投げつけた。ガラスが弾け、男は悲鳴を上げて転倒した。


「次の一撃は、あんたの足に鉄を突き立てることになるわよ!」


倒れた男に向かって、薪ばさみを突きつける。

もう一人の男は怯み、部屋の外へ一歩退く。


《モグ……この連中は次はどんな行動を取るかしら?》


《視線の回避、重心の後退、呼吸が浅い──心理学的に彼らは“交戦意志の低下”および“離脱行動の準備段階”を示す典型的な生理・行動反応が出ています。逃走を選ぶ可能性が高いでしょう》


ルクシアは不敵な笑みを見せる。


「私を悪女だというのなら……悪女に人が刺せないと思う? それにここは巡礼者が泊まる宿よ、これ以上暴れれば罰が下るかもしれないわね、私はもう罰を受けているけど……うふふ」


ルクシアの表情や仕草には、余裕と威圧感が同居していた。これは侯爵令嬢として育てられたからこそ身につけられたものだった。

怖気付いた男たちは罵声を残して逃げていった。


ルクシアは大きく息を吐く。


──もう、自分は「無口な栗原さん」じゃないの。私には声を張り上げる勇気も、MOGもある。


騒ぎを聞きつけて御者がやってきた。


「あんたが追い払ったのか……護送中の罪人に何かあったら俺の責任問題になる。ありがとな」


「私は自分の身を守っただけですので、礼には及びません……では、行きましょうか」



そしてまた、護送馬車でのつらい移動がはじまった。

ルクシアは暇つぶしと気を紛らわす目的でAIと会話をはじめた。


《……別に気になってるわけじゃないけど。ソフィアって、今どうなってるの? 魔法紙に、何か……載ってたりするかしら?》


気になってるわけじゃないとMOGには言ったが、本当はそれなりに気になっていた。

ゲーム本編では描かれなかった、エンディング後のストーリーだからだ。


《承知しました。少々お待ちください……どうやら、面白い話がいくつかあるようです》


①真の聖女ソフィアは王太子との婚約以降、城内職員への苛烈な叱責がたびたびみられる。

(宮廷内の内部報告書)


②王太子の侍従が「精神的な理由」により異動を申し出た。

(人事局の異動記録)


③ソフィア殿下と親戚ご一行が宝石店にて最高級品32点を即時購入。支払いは宮廷口座より計上。

(王室出納記録)


──地に落ちちゃった私だけど、レイナード王太子もこれから……地味に落ちていくんじゃない?


けれど彼女も、他人の心配ができるほど余裕があるわけでもなかった。

こんな馬車でこれからあと4日も揺らされ続けたら、おかしくなってしまいそうだった。


《ああ、もういや。この馬車の揺れって、なんとか減らしたりできないの?》


《もちろん可能です。私に任せてください。昼寝もできるくらいになります》



──なんだか、すごい自信ね……でも、ちょっと楽しみかも。

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