14 王も法王も恐れる若き当主
アルセイン王の表情は、怒りと失望に満ちていた。
「お前の愚かさのせいで、どれだけ王家の信用を失墜させたか分かっているのか!」
「父上……いったい……?」
「……すべて、父として、王としての私の責任だ。心よりお詫び申し上げる」
アルセイン王は一拍の沈黙のあと、ロレンツォに深く、静かに頭を垂れた。
「我が子ながら、あまりにも恥ずべき振る舞いをした」
「父上! 何をなさっているのです! おやめください!」
王太子は状況が理解できていない。
彼が父親のこのような姿を見るのは、はじめてだった。
「なぜ……アルセイン国王ともあろう者が、そいつは……ただの下賤な民でしょう!」
王太子は大袈裟な身振りで父親に訴える。
「しかもこの愚か者は私からルクシアを奪おうとしているのですよ! 私は迷えるルクシアを正しく導こうとしているのに……!」
少しの間の後に、ロレンツォが少しあきれたように言った。
「“導く”というより、“縛りつける”の間違いではありませんか?」
「な……なんだとぉ……貴様ぁ!」
図星を突かれ激昂する王太子を、アルセイン王が制止する。
「もうよせ、息子よ! 状況は理解した。お前はルクシアに選ばれなかったのだな? お前以外の息子が早世してしまい、わがままに育てすぎてしまったようだ。王家の威信を守るとは、己の感情を通すことではない。それと……気づかなかったのだな、お前が誰に向かってその口を利いていたのかを」
王は、少しだけためらうように言った。
「レイナードよ、このお方は……フィロレンシア共和国のヴァレンターノ家の当主……ロレンツォ・ヴァレンターノ殿なのだぞ」
「ヴァレンターノ家? 当主?」
王太子の護衛騎士たちが顔を見合わせている。
そして王太子は眉を歪ませ、あきらかに様子がおかしかった。
「まさか、いや……そんな……」
平民のロレンツォに対し、王太子や騎士がこのような反応を見せる意味がわからなかったルクシアは、MOGに聞いてみた。
《……モグ。ヴァレンターノ家って何なの?》
《この国から海を挟んだ先の半島にある、人口5万に満たない小規模な都市国家・フィオレンシア共和国にある商家です。 元々は香料商ですが、現在は銀行業がメインとなっています》
ルクシアは王太子を見た。王太子は青ざめている。
《銀行? でもどうして小さい国の銀行にこんなに狼狽えるの?》
《ヴァレンターノ家は周辺国の王侯貴族、法王などに莫大な貸付けを行なっています。戦争も大聖堂建設もヴァレンターノ家なしには考えられません。身分こそ平民ですが、実際は各国の権力者が彼ら一族の顔を伺います》
ルクシアは侯爵令嬢として教育は受けている。しかし「金」や「政治」が関係するような世界のことは知らずに育てられてきたので、ヴァレンターノ家を知らなくても仕方がなかった。
王や貴族、さらに宗教界のトップですらも頭が上がらない一族の当主……それがロレンツォの正体だった。
「……噂は聞いていたが、ま……まさか、この方がご当主だったとは……」
「息子よ。お前はまだ若く未熟でロレンツォ殿と交渉する場には立っていない。だからロレンツォ殿のお顔は知らなかったのだろう……だが顔がわからずとも、態度で気づけなかった。未熟もここまで来ると、もはや恥だ」
「はじめましてレイナード殿下。殿下のお噂はお父君からかねがね」
彼は今、“玉座の外側”にいた。
王子として、ではなく……ただの半人前の若造として。
「う……ぐ……」
ロレンツォは一歩前に進み、胸に右手を添えて王へと深く一礼した。
それは身分の上下に従った服従ではなく、静かな礼だった。
「アルセイン王。名誉を損なうことのない形で僕が処理いたしますので、王のご裁可として、ルクシア様をお迎えすることを認めていただけますか?」
「ロレンツォ殿の願いであれば聞き入れるしかないだろう。これで息子の無礼を許していただきたい」
「ええ、それは大丈夫です。気にしていませんから」
そしてロレンツォは、寄り添うようにルクシアの隣に立った。
「では、これより、ルクシア様は今後ヴァレンターノ家の庇護下となります」
王太子の目は泳ぎ、下唇を強く噛んでいる。
その直後、王はあまり良くない音の咳をした。
「……せっ、こほっ、こほっ」
兵に差し出されたハンカチで口元を押さえる。ロレンツォは心配そうな顔で王に声をかけた。
「大丈夫ですか? どこかお体が?」
「……ふ……年を取ったものだ。ロレンツォ殿、本日はこれで失礼させてもらう」
王はロレンツォを正面から見つめ、わずかに顎を引いた。
「今回の一件、息子に大きな学びとなろう。ヴァレンターノ家との関係が今後ますます深まることを、アルセイン国王として望んでやまぬ。どうか、我が国に失望されぬよう……今後とも、よろしく頼む」
そして王はマントの端を指先で払うようにして身を翻した。
護衛たちが王の動きに合わせて整列する。
王は振り返ることなく歩き出し、その背に威厳だけを残して立ち去った。
王太子は最後まで残り、ルクシアを見つめている。
「ルクシア……私はお前を奪われたのか……お前が私を拒否するなんて……」
「私は“誰のもの”でもありません。そしてもう、“誰かのもの”でいるつもりもないんです。 だから、自分の意思で……あなたから去ります」
一度は好きになった相手の子供っぽさにルクシアは残念な気持ちになった。
王太子にとってルクシアは、最後まで「ぼくのおにんぎょう」だったのだ。
──さようなら。あなたはきっと、永遠に変わらない。
王の姿が完全に見えなくなると、王太子は護衛騎士に合図を送ってから背を向けた。
「こ……この屈辱は決して忘れないぞ」
ロレンツォとルクシアのどちらに対して言ったのか、あるいは両方なのか……その声は、震えていた。
王太子は罪人居住区の入り口に向かって騎士に囲まれながら歩き出した。
彼はこれから帰る……自分が“選んだ”ソフィアの待つ王都へ。
何事かと集まってきた他の野次馬たちを番人が追い払い、ルクシアとロレンツォはふたりっきりになった。
「お待たせしてしまって申し訳ないです。正当な外交手段でルクシア様をここからお連れしようと僕は考えていたのです……しかし、ここは本当に寒いですね」
ロレンツォはルクシアに自分が羽織っていたマントをそっとかけた。
ルクシアは思わず身をすくめ、けれどその温もりに、ふと力が抜ける。
──ああ、すごく、あったかい。
冷えてたのは身体だけじゃなかったのだと、ようやく気づいたような気がした。
「各国にあるうちの銀行支店は様々な情報を僕に伝えてきます。王太子殿下がマリット方面に向かったと報告があったので大急ぎで来ました。しかしアルセイン王が現れたのは幸運でした。ことが早く片付いた」
「私のためにそんなに色々考えてくださってたなんて……ロレンツォさんがすごい人だとは知らなくて驚きました」
「正体を隠していたことは謝罪いたします。僕は各国を旅しながら人を探していたので目立ちたくなかったんですよ」
「人を……探してる?」
「はい。でももう旅は終わりました」
ロレンツォはルクシアと目をあわえて微笑んだ。
「僕が探していた人こそ……ルクシア様、あなたなのです」
ルクシアにはその言葉のすべてを受け止めきれてはいなかった。
……けれど、彼の嬉しそうな笑顔を見ると、自分も……つい、笑ってしまった。
ここまでお読みいただきありがとうございます。
次回は、「王太子妃ソフィア視点」で描かれるエピソードです。
ようやく第一章のクライマックス近くまで来ました。
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