12 ルクシアを連れ戻しにきた王太子
罪人居住区でルクシアを待ち受けていた生活は、想像していた以上に厳しかった。
彼女にあてがわれた家は、村境から少し歩いた場所にあった。
石と土でできた粗末な建物で、屋根には小さな穴がいくつも開いていて、壁はひび割れ、扉は閉めても隙間風が入ってくる。
ベッドの代わりは使い古された藁束ひとつ。
床の冷たさが骨にまで染みた。
──牢屋の方がまだマシかもしれないわね……あと、お腹すいた。
ここでは配給のパンはあるが、それだけじゃ到底足りない。
なので罪人たちは畑を耕したり、家畜を育てたりして自給自足の生活をしないといけなかった。
そして、いつか来るかもしれない恩赦・赦免の日をしんぼう強く待つのだ。
ここで犯罪を犯せば二度と出ることはできない。なので「安全」なのが数少ない良い部分かもしれない。
ルクシアの“悪業”は2日後には罪人たちに知れ渡っていた。
おそらく番人が誰かに話したのだろう。
「これまで贅沢三昧の侯爵令嬢様が、ざまあねぇな」
「真の聖女様をいじめて牢に入れられたってな。ろくでもない女だね、あんた」
「ここじゃその綺麗な顔は、腹の足しにもならないわよ。色仕掛けで男から食い物もらったらどう? 王太子を騙したんならできるでしょ?」
そんな言葉も、わざと聞こえるように囁かれた。
ルクシアは唇を噛み、視線を落とした。何も返せなかった。
けれど泣きも怒りもしなかった。
──いちいち反応していたら、心がもたないもの。
ルクシアはマダム・カーラに仕立ててもらったワンピースを、それまで着ていた麻のボロ服に着替えていた。畑仕事で汚れたら嫌だったし、他の人たちに悪い印象を与えると思ったからだ。
けれど、こんな感じなので、畑を手伝うことなどできそうになく、配給品以外の食材を手にいれることはできなかった。
ルクシアは食べられる草などをMOGに調べてもらったりして、少しでも飢えを凌いでいたが、先の見えない日々に時々心が折れそうになっていた。
ここへ来て1週間ほどが過ぎたある晩。焚き火のそばで、ルクシアは拾ったヒョロヒョロの芋を焼きながらMOGに問いかけた。
《そういえば、王太子ってどうしてるのかしら?》
情けないと思いつつも、ほんの少しだけ王太子もソフィアに振り回されていればいい……ルクシアはそんなことを考えてしまった。
そんなふうに願ってしまう自分が、少しだけ悲しかった。
本来、そういう性格ではなかったが……それだけ、彼女は追い詰められていたのだ。
MOGの応答には、わずかな間があった。
《3日前、王都の南門から護衛騎士団とともに、王太子の乗った馬車が出ました。記録されている予定進路は南西……マリット方面に向かっています》
「……え?」
ルクシアは思わず声を出して立ち上がり、乾いた薪を踏んでしまった。ぱきん、と音が鳴る。
──レイナード王太子がここに? 何のために?
ロレンツォがここを去る時に言った言葉がルクシアの頭を駆け巡った。
(時がくれば、きっとあなたを迎えに来る者が現れるでしょう)
それは王太子のことだったのか?
焚き火の明かりが、ゆらゆらとルクシアの横顔を照らしていた。
翌朝、ルクシアは騒々しさで目が覚めた。
家から外に出ると罪人居住区の入り口が騒がしかった。
そしてしばらくして、4名の騎士とひとりの煌びやかな服装の男性が、番人に案内されてルクシアの方に向かってくる。
……王太子だ。
ルクシアの前まで来た王太子はわざとらしく眉をひそめ、さも同情しているかのような表情をした。
「……ルクシア」
ルクシアは無言で王太子を見つめた。
「ルクシア、お前を許す。私のもとに戻れ」
「戻れ?」
「ソフィアを妃として迎え、夜も共にした。だが……思ったんだ」
王太子はひとつ息を吐いてから続ける。
「こんな冷たい女のどこが聖女なのかって。心の中で、常に思い浮かべていたのはお前だ。お前は常に私には優しく、私のことを第一に想ってくれていた。お前は私のものだった」
ルクシアはすぐに理解した。
この男はたった数日の結婚生活でソフィアにまいってしまったのだ。
そして、ソフィアに乗り換える前までは大事にしていたルクシアに癒しを求めているのだ。
ソフィアに唆されて、あえて公衆の面前で断罪し、全てを奪っておいて……彼自身は「白馬に乗った王子様」気取りだった。
「王都郊外の屋敷を一つ空けてある。名は伏せてお前を“特別客”として迎え入れることなら、できる」
要するに愛妾としてずっと自分の手元に置いておきたいということらしかった。
女を所有物としか見ていない王太子にルクシアは黙りこんだ……すると王太子は子供のように、あきらかに不機嫌だという表情をした。
「わざわざお前のために苦労して来てやったのになんだその顔は? なぜもっと喜ばない? このような生活から抜け出させてくれる私に感謝はないのか?」
彼女にはルクシアとしての記憶がある。たしかに以前はこの男が好きだったが、今は嫌悪感しかなかった。
けれどこの生活をずっと続けるのも正直言って自信がなかった。
彼女はどうすればいいのか、わからなかった。
「……まあ、いい。どうせ後で私に礼を言うだろうさ」
王太子はルクシアの手首をがっつりと掴んだ。それはルクシアの細い手首が折れそうなくらい強く、痛みを感じさせた。
「王太子殿下、お待ちください。ルクシア様は僕がお迎えしますので」
低く、静かな声だった。
番人の影の向こうから、ひとりの男がゆっくりと歩み出る。
「誰だ、貴様は!」
王太子は不快そうに顔をしかめた。
ルクシアはその男を見た時に、なぜだかこれまで堪えていた涙が一気に溢れ出した。
現れたのは……ロレンツォだった。




