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STAGE6

「犬崎と転校生、知り合いだったんだな」

 クラスの男子は、去っていった廻と恋の関係に驚いていた。他の男子は未練がましく廻の行く先を視線だけで追いつつ、居もしない輪郭を夢想していた。

 終いには、つい先程まで廻が居た場所にて鼻を動かし残り香を嗅ぐ始末。あまりにもキモいので、恋はその鋭い目だけで追い払った。

「しかも、格闘者なんだね」

「・・・アイツが日本を去ったときには、まだ能力には目覚めてなかったけどな」

 懐かしくもなさそうに、恋は言う。

 去り際、廻が恋に投げつけたのは、対戦の申し出。彼女もまた、エクストリームファイトを志す格闘者だったのだ。

 だとすれば、当然新人戦の参戦も表明しているだろう。必然的に椅子へ座る確率も狭まる。

 いつだって恋の戦う理由はそれで。そこまでの道が何者かが塞いでいようとも、己の力でねじ伏せ突き進むものだと思っている。

 廻との対戦も、そのうちのひとつにすぎない。彼女が恋の目の前に立ちふさがるのなら、跳ね除けて恋は先に突き進む。それだけだ。

 だが、今回に限って言えば、恋の胸の内には僅かなもやもやが広がっていた。


 猿童家の夕食時。

 テーブルを挟んで対面には廻の母親。

 まるで廻の生き写しのように、年齢を感じさせないほどに、美しい。

「学校はどうだったの?廻ちゃん」

 その言葉は、遠い異国の地から故郷に帰ってきて新たな学校生活に身を投じる娘を心配する母親の言葉だが、それとは別の気持ちが込められている。

「・・・別に。普通よ。それに」

 廻は少し間を開け、言葉を切り。

「変わらない子犬ちゃんだったわ」

 対峙した幼馴染みは、記憶の中の姿と時を経ても寸分違わぬ姿なのには流石に驚いたが。

「恋ちゃんももう高校生でしょ?流石に子犬ちゃんは無いと思うわ」

「仕方がないでしょ。見た目が子犬そのものなのだから」

 咎めるような母親の言葉に、廻はあくまで冷静に言い放つ。

 とは言え廻の母親も、帰国した挨拶を犬崎家に赴いた時、衝撃を受けていないといえば嘘になる。この母親に置いてあの娘有りと思わなかったわけではない。

 廻の母親の心配事は、新たな学校生活も勿論だが、日本に帰ってくる原因となった出来事にある。

 格闘因子の覚醒である。

 何かに打ち込んでいた者は、格闘因子の目覚めによりその道が閉ざされる。大半の者は、それに絶望する。

 だが、我が娘はバレエへの夢をいともたやすく諦めた。

 それは、早々に新たな目標を掲げたからだ。

 すなわち、エクストリームファイトだ。

 能力の保護があるとは言え、その戦いは空手をやっていた頃とは訳が違う。

ルールも、成約も、戦い方もまるで異なる。

 空手の試合では、間違っても手のひらから炎など出さない。上空数メートルまで飛び上がってケリなど見舞わない。

 可愛い我が娘が、そんな戦いの渦に赴くのを心配しない訳が無い。このような考えを持つほうが、今の時代には逆に稀なのかも知れない。

 人々はそれを求め、熱狂するからだ。

 だが、娘のやりたいことの背中を押す。廻の母親は、今はそれしかできない。

 何より、娘は日本に帰ってきて楽しそうなのだ。

 だから、今はそれだけでいい。


 放課後。

 あの熱狂を再び享受しようと、設営されたフィールドの外には観客が群がっていた。

 最近メキメキと頭角を出し、この真清ではまだ野試合とはいえ、無敗の恋と噂の転校生、廻。

 ふたりが幼馴染みということも、いつの間に香知れ渡り、注目を集めるのは必然であった。

「頑張って!恋ちゃん!」

 恋は穂実果の声援を受けるも、その観客の殆どの視線を一手に受けるのは廻だ。そのスタイリッシュな佇まいは、フィールドの中でも変わることはなく。

「・・・どのくらいぶりかしら。こうして貴女と対峙するのは」

 子供の頃は、それこそ嫌になるくらいに顔を合わせていた。

「もっと再会を喜んでくれていると思ったのだけど」

「・・・あれからどれくらい経ってんだよ」

 同じ夢を追っていたあの頃とは、今は恋と廻は袂を分かっている。廻の考えていることなどわからないが、今は敵として立ち塞がっている。

「覚悟はよろしくて?」

 衣服の擦れる音すら感じさせぬ軽やかな動きで、廻は構え。

 恋はそれを迎え打つように拳を握りしめ。

『レディ』

 機械的な電子音声がフィールド内のふたりの姿勢を正し。

『ファイト』

 開戦の火蓋が切られた。


 周囲のざわめきが大きくなる。

 恋は廻へと突撃しようと足を一歩踏み込んだところで、グラウンドに爪先を突き刺さんばかりに急ブレーキを掛けた。

「・・・何だお前。ふざけてんのか、それ」

 困惑半分、怒りの混じる目で恋は廻を見る。普段なら、背の関係で恋は廻の顔を見上げる立場ではあるが、今の目線は同等。

「本気、でしてよ。これが私のバトルスタイルですから」

 廻は開戦早々、片膝を地面に突き、屈み始めたのだ。およそこれから戦うとは思えない姿勢だ。

 その顔に不敵な笑みを浮かべながら。

 恋は再度足に力を込め、トップスピードで最高速に達し。

 地を蹴り、飛ぶ。空中で足を振り上げ。

 叩きつけるように、振り下ろす!

 恋の足先が廻に振れる寸前。

 空気の切り裂かれる音。

「ぐっ!?」

 神速の如く。走る軌道が恋の下方から、突き上げるように放たれ。

 恋の顎先に入った衝撃がそのまま上方に突き抜け。

 しなやかな足先を揃え、廻は旋風を体現した身体を、一回転させ飛び上がった。

 宙返りのように弾けさせた身体は、弓なりに。それはまるで、水面から天へ向かって跳ねる魚の如く。いや、その麗しき造形は、まるで人魚のようだ。

「ぐはっ!」

「水面跳ね・・・!」

 廻の対空迎撃に追い返された恋は、地面をへ背中を叩きつけられるも、すぐさま身体を起き上がらせる。

 対する廻は華麗に着地。

 そして、廻は再び片膝を突き、数秒前を全く同じモーション。

「・・・『待ち』だぁっ!」

 観客の誰かが身体を震わせながら言った。

「待ち、って?」

 穂実果が疑問の言葉を浮かべる。

「相手を攻めてくるのを待って、相手の飛び込みを対空技で迎撃することだ。・・・ただ、それはゲームの中でしか聞いたことのない話だ。まさか現実でやろうとするやつが居るなんて」

 そう、これはゲームではない。実際の自分の身体を使った、戦いである。

「体勢を大きく使い、疲労を蓄積させるなんて、おバカさんのすること。体力を温存しつつ戦えるのなら、それに越したことはなくてよ」

 格闘因子を所有しているからとは言え、体力そのものが激増するわけではない。

 恋はもう一度、突撃するタイミングをずらした跳躍。だが、そこからの攻撃すらも。

「おわっ!」

 空気の切り裂かれる音がはっきりと聞こえ、綺麗な円状の軌跡を描く動きで弾かれる。

 再び吹き飛ばされる恋。空中で体勢を整え、ざあっ、と恋が靴底を地面に擦らせ、着地。

 三度は攻めない。

 恋は右手に紅い波動を収縮させ。

 それを思い切り、地面へと打ち付ける!

「ドッグ・ランっ!」

 迸る閃光が、赤い波となって地を走る。真っ直ぐと、廻へと向かって。

 だが、恋の放った紅い波動が廻の元へ到達することはなかった。

 「金環鏡!」

 廻が吠え、鞭のようにしなる右足を振り被り、足先が空を裂く。

 渦巻く真空が円状を形成し、恋の放ったドッグ・ランと激突、霧散する。

 その廻が放った技に、恋の目が驚愕に見開かれている。

 飛び道具により地上からの攻め、完全な対空迎撃により空中からの急襲をも防ぐ。

 空気の流れが再度円状を生み出し、今度は廻が先に攻撃をしかける。

 渦巻く円状が鋭く高速回転し、円盤を生み。

 足先を無数に振りかぶり、円盤を乱れ撃つ。

 上段、下段と散らされる動きに、恋は身体を屈め、跳躍し交わしてゆく。

「攻め倦ねてるな」

 飛び道具を越え攻め入るにしても、隙を見せたらすぐに追い返される。

 こうして攻撃の隙を狙っている間にも、体力は奪われていく。スタミナのない恋ならばなおさらだ。

 対する廻は責める手を緩めない。無尽蔵のように繰り出される円盤。

 その評定に、初めて焦りの色が浮かんでいるのを穂実果は見逃さなかった。

 恋は何か決意をしたように、半ばそれは諦めによるものか。

 迫る金環鏡。 

 恋はそれを、飛び道具で相殺しないし、躱そうともしない。逆に、正面へと駆ける

 敢えてそれを受け止める気か。

 高速で打ち出された円盤が、恋に直撃する。

 躱すのを諦めたか。半ば失望にも似た表情を廻は浮かべ、それが間違い絵あることに気づく。

 違う。

 凄まじい気迫と共に、廻の眼前に恋の姿が現われた。

「飛び道具を食らうのも覚悟で、強引にねじ込みやがった!」

 金環鏡が頭部に直撃した超く語でも、その闘志に陰りはなく。蒸気機関のように速度は落ちることはない。 

 ダメージ覚悟の突進により、間合いを詰めることを許した。。

 恋の連撃。しかし、廻は片足だけでそれをいなす。

 踊るように、舞うように。

 次第に観客の熱は華麗に、優雅な身のこなしを見せる廻への声が増してゆく。

「・・・やばいぜ。犬崎のやつ、飲まれてんじゃねえのか」

 穂実果同様、恋へ向ける声援を変えようとしない矢島も、うねり始める観客の熱に困惑を見せている。

 弾丸のような速度の乗ったパンチも、たかる虫を払うように一蹴する。

 弾かれ、かわされても、恋のラッシュは止まることはない。それを躱し続ける廻の身体能力の高さたるや。

 無限にも思える連撃の中。一瞬の隙。張りの穴を通すような。

 恋はその手の中に紅い雷光を纏う。

 届く!

 誰もが思った瞬間。

 ぞわ、と恋は背筋の寒くなる感覚を覚えた。

 パンチが廻に届くのではない。

 何か、深い泥濘に吸い込まれるような。始めからそれは誘われるように仕向けられた罠のように。

 見えるのは、三日月型に形作る、廻の口元。

 廻の上げた片足の、脛の部分に恋の右手が触れた瞬間。

 それとほぼ同時に、あり得ない速度で恋の身体に衝撃が跳ね返ってきた。

 瞬間。

 恋の小さな身体は地面へと、凄まじい勢いで滑り、転がる。

「木霊返し・・・!」

 静かに、感情もなく。

 廻は言葉を吐きながら、上げた片足を地面へとつけた。

「相手の攻撃の受け止め、その力を利用し、反作用にて返す」

 その廻の余裕とも取れる技の解説に、観客の歓声が一際高まった。

「こいつは、やばいぜ」

 矢島が絞り出すように、言葉を吐く。

 地上戦、対空、防御。どれをとっても一級品だ。あの恋が翻弄され、成す術もなく有効打を一度も入れられていない。

 恋は強い。

 拳を合わせた自分だからこそ解る。  

 自分以外の、戦った相手も同様だろう。

 だがその重い一撃も、喰らわなければその威力は意味を成さない。

 近づけずに勝つ。近づかれても、追い払う。

 廻の言う通り、最小限の動きと技で、恋を翻弄している。

 このままじゃ、いつか力尽きるぞ!

 今日が、常勝だった恋の敗北する日なのか。

 それよりも。

 恋は地面に大の字で倒れたまま立ち上がらない。

 まさか、力尽きたんじゃないだろうな。

 いや、フィールドはまだ恋の敗北をアナウンスしていない。

 追撃を相手が待ってくれるかどうか別の話だが、ああやって体力を回復させるのも有りだ。ただ、打開策が見つからなければ、体力が戻ろうが同じことだ。

「だああああああああっ!」

 突如、フィールドの中央からバリアを揺るがすほどの絶叫が聞こえた。

 ざっ、と恋は身軽な動きで起き上がる。

「楽しい!」

 そう吠える恋の顔は、歓喜に歪んで見えた。

「だけど、攻撃が届かないのはつまんない!」

 今まで、恋の攻撃はやること成すこと、廻には届かなかったから。

「・・・目茶苦茶にするぞ!サルっ!」

 愉しそうに笑う恋の口元。

 ぞく。

 今度は廻の背筋を、懐かしくも薄ら寒い感覚が走り抜ける。

 さあ、恋の次の一手は何だ。

 飛び道具か。

 相変わらずの猪突猛進か。

 だが、恋の選んだ選択は、そのどれでもなかった。

 鼻息を大きく吐き出し、恋は両手の指を、地面へと突き刺す。

 顔を真っ赤にさせながら、歯を食いしばり。

 僅かに地面が揺らいだ気がした。

「うおおおおおおおっ!」

 大気を揺るがすほどの絶叫を吐き出しながら。

「あ、あれ!」

 その戦いを見た者は覚えているだろう。元柔道部員の三杉なる男子生徒と戦った時、彼は地面を引き剥がし、土の板として攻撃に転用していた。

 それを彷彿とさせる動き。

 自分の身体の数倍。

 巨大な土の山を掘り起こし、それは岩石のような固まり。それを高らかに掲げている。

「近づけないなら、強引にその道を切り開けばいい!」

 そう、笑みを浮かべながら、恋は両手に掲げた岩石を。

「・・・貴女、まさか、それ」

 廻の脳裏に走り抜ける嫌な予感。

「どらあっ!!」

 放り投げた。

 緩やかな弧を描きながら、岩石が地面に大きな影を写し。

 轟音と共に、細かく砕けた破片が土煙とともに撒き散らされ。

 だが、廻は冷静だ。

 彼女はこれを囮に攻め入るつもりだろう。解りきった戦法だ。

 だから烟る砂煙の中。再び片足を掲げる。

 問題ない。神速にまで鍛え上げた蹴りを叩き込み、今度はフィールド端まで吹き飛ばす。

 気配を感じる。渦巻く砂の気流の中から。

 さあ、来なさい。

 突如、廻の視界が薄暗くなる。

 それと同時に、自分の息が吐き出しにくいことに気づく。

「ああっ!」

 僅かに残る煙の中、その光景を見た観客席は驚きに満ちていたであろう。

 廻の顔が、恋の両足で挟まれている。 

 肩車の逆とでも言えばよいのか。

 恋の股間が、ちょうど廻の顔面に振れるか触れないか。

 恋は廻の顔は見えず。廻も恋どころか周囲の光景をその目に収めることも叶わず。

 一体何を。そう思った瞬間。

 廻の足が浮遊感に包まれ。

「おらあっ!」

 見えない視界の中、身体に回転が加わったのが解り、それを完全に理解する間もなく。

 浮き上がった廻の身体は暗闇の見えない中、反転し。

 直後。

 脳天に衝撃が撃ち貫き。

 破壊音の後の静寂。恋の荒い息遣いのみがフィールド内に反響する。

 廻の頭部を恋は足、太腿の部分で挟み込み、強引に引っこ抜き、地面へと叩きつけたのだ。

『プレイヤー2の戦闘不能を確認』

 地面に逆さまに突き刺さる廻。

『プレイヤー1の勝利を確認』

 高らかに吠える恋と連動するように、観客の歓声も、人波を伝って大きなものへと膨らんだのだった。

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