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STAGE5

 格闘因子の存在は、人の夢と希望を広げた。

 超常的な力の応酬は、ゲームや映画の世界の中でしかできないことを再現させてくれる。それは、人々に熱狂の渦を生み、新たなムーブメントを世界にもたらした。

 だが、それと同時に絶望をも授けた。

 格闘因子は、スポーツに疎い凡人をも超人に変える。

 だが、逆はどうだろうか。

 もし、世界の頂点を取れるスポーツ選手が格闘因子に目覚めた場合。夢の舞台を目指す人間が因子に目覚めた場合。

 現行の法律では、格闘因子に目覚めた者は、その他の一般的なスポーツに従事することは叶わない。勿論、個人的、趣味レベルで楽しむのならその限りではない。

 だが、世界的なスポーツ大会、公式関わらずの参加は不可となっている。

 因子を持つ者同士が対峙しなければその能力が発現しないとは言え、人知を超えた身体能力を持つ人間が一般のスポーツ大会に混じるのは、反感を買うからだ。それでなくても、エクストラタイプという例もある。当時、格闘因子が普通のスポーツの世界から締め出されるのは時間の問題でもあり、当然のことだった。

 閉塞的になりかける格闘者のフラストレーションを発散させるが如く、エクストリームファイトが誕生する。

 だが、全ての格闘因子の所有者がそちらの世界に進むわけではない。因子所有者は、その自分の能力を使うこと無く一生を終えることもあるだろう。

 エクストリームファイトは、新たな希望でありながらも、絶望を宿した新たな論争の種でもあった。


FIGHTS(ファイツ)?」

 昼食の時間。

 恋の座席の方向に、穂実果は椅子ごと向き直り、ひとつの机にふたつの弁当箱を広げている。

 穂実果の弁当は、こんなので腹が膨れるのか、というくらいに小さく。だが、その中身は彩りよく綺麗におかずが整列されている。

 対する恋の弁当箱は、その小さな身体にどうやったら収まるのかというくらいにデカく、見事に穂実果のものとの対比が出来上がっている。

 恋の放ったその単語に、穂実果は小首を傾げて聞く。

「簡単に言えば、格闘者の甲子園みたいなものだ」

 夏に行われる、全国高校生による格闘者の大会。

 それは格闘者、エクストリームファイトを目指す者の登竜門とされている。

 それより季節を前にして、5月の連休に開催される、1年生のみが対象の新人戦が開催される。

 その選抜がすぐそこに迫っており、恋は心を高鳴らせているのだ。

 その先にFIGHTSがあり、さらにその先にエクストリームファイトチャンピオンシップがある。

 当然、恋は新人戦へのエントリーを表明しており、先日の矢島との対戦に始まり三杉なる元柔道部上がりの格闘者を下し、今や恋の名は真清に知れ渡っており、有名人だ。

 もちろん、FIGHTSを志すのは恋だけではない。それに新人戦は1学校につき3人一組の出場が認められているチームバトルだ。エントリー人数が3人ならばそのままで決するが、定員を超えれば、その門が更に狭まる。

 新入生にとっては、己の力を存分に発揮できるチャンスでもある。

 中学までは格闘因子所有者はその能力を行使することは許されず、高校からその力を解禁させ、舞台を明確に意識し、目指す者が爆発的に増える。

 矢島然り、他のクラスも混じり、数少ない席を巡って戦いが繰り広げられるであろう。

「でも、その新人戦?にはどうやったら選ばれるの?」

「今度、1年生だけでの選考会がある。そこで勝ち抜ければ、席に近づくだろーな」

 穂実果の問いに、恋が答える。

 選考会なる単語を、朝日からも聞いたような気がする。

 それが恋の夢ならば、穂実果は応援してあげたいと考えている。

 こんなにも小さい身体で、男子にも立ち向かおうとする勇敢な少女を。

「今度は負けねえからな。俺が一番乗りで選考会で勝ち上がってやる」

 近くの席で同様に、友人と昼食を摂っていた矢島が、恋に向かって宣戦布告とも呼べる言葉を放つ。

「ほーう。そりゃ楽しみだ」

 恋と矢島の間で見えない花火が散った気がした。


 真清は格闘因子所有者も通ってはいが、その授業内容はほぼほぼ他の学校と変わるところはない。

 恋たちは今、制服から動きやすい体操服姿へと変えている。

 それは授業だけでなく、パーソナルなデータを取る身体測定も同様で。

 身長体重。健康に関するデータを取るのが主な目的。

 恋は、整列時に向こう数年変わらぬ先頭を、高校に入っても維持し続けているというのに、それを更に思い知らされる身長の測定をこの上なく憎む。そして、数ミリも増えない身長も。

「小さくて可愛いと思うけどなあ」

 と、呑気にのたまう穂実果の口を縫い付けてやりたい気分だ。

 この屈辱は味わった者にしかわからない不可避の劣等感。

 恋が女子の最前列ならば、穂実果はその最後尾。

 微動だにしない背丈で悩んでいるのと同様に、穂実果にも悩みはあるようで。

 その胸を腕で庇いつつ、「ふう」と思い溜息を吐いている。

「・・・また大きくなってたよ〜」

 その悩みは恋には全く持って縁遠く、理解しがたいことであり、想像の域も出ない空想である。穂実果がそれを自慢げにのたまう性格だったら、その胸部にフィールド外だろうともパンチを叩き込んでいたところだ。

 身体測定に続いて、体力測定。

 短距離走。ボール遠投。反復横跳び。上体反らし等々。

 そのどれもで、恋は低アベレージを記録。それを穂実果及び他のクラスメイトから驚かれていた。

「・・・格闘因子を持っているからって、スポーツ万能なわけじゃない」

 スポーツが駄目、と言っていないのがせめてもの抵抗。唯一の良記録は短距離くらいで、その他はからきし駄目。瞬発的なものに関しては得意だが、時間を要するものは不得手らしい。

 その最たるものが長距離走で。身体の小ささを表したかのようなスタミナの無さが露呈する。

 到底あの激しいバトルを繰り広げたとは思えないほどの、全く正反対のその様子に、クラスメイトの女子に応援されながら、恋は息も切れ切れにゴールを目指すのだった。


 その様子を、遠間から見ているのは数人の男子だ。

 男子も女子同様計測のための競技を行い、終わった者は未だ続く競技を眺めている。

「・・・それにしてもすげえな。稲村」

「ああ。俺、同じクラスになれて良かったとつくづく思うぜ」

 その視線は主に穂実果のエクストリームレベルの胸部にあった。

 健全な男子ならば、その破壊力のある上下の動きに見とれてしまうのを誰も責められないだろう。

 穂実果だけでなく、その審美眼に叶った他の女子の勇姿を遠間から眺め、心を癒やすという貴族の遊びに講じていた。駄目な連中である。

「なあ矢島」

 男子人気の筆頭は穂実果。

 運動をする時は眼鏡を外すその姿がいい、と別の女子を押す声や、格闘者の中に混じろうともスポーツマンシップを忘れないボーイッシュがいいという声も飛ぶ。

 男子は、無言でグラウンドに向けている矢島の視線の先を追い、「ほうほう」と何やら納得するような声を上げる。

「お前は犬崎推しか」

 その指摘に、矢島は明らかに動揺と共に身体の熱が上がるのを抑え込むように口をまごつかせる。

「そ、そんなんじゃねえよ」

「犬崎はセクシーとは程遠い、どっちかと言えば可愛い妹系・・・。いや、あんな荒ぶる獅子のような妹はゴメンだな」

 別の男子が聞いてもいない理想の妹像を語る。

「俺はもっとセクシーなお姉さんの方が好みだな。・・・お、ちょうどあんな感じの」

 その男子生徒が、視線をグラウンドの端に向ける。

 そこにひとりの女子生徒が見える。

 背だけで言うのなら、穂実果と同等。腰ほどまで伸びた髪が太陽に煌めいて輝いていた。

「でも、授業中じゃね?」

 1組がグラウンドで色々な記録を取っているのと同時に、別のクラスは教室で授業中のはずである。

「リボンも1年のものだ」

「お前目ぇいいな」

 クラスメイトの意外な特技に半ば呆れ顔で見た後。

「ほれ矢島。あれくらいスタイル良くてセクシーなほうが・・・って」

 友人の趣味嗜好を自分サイドに矯正させようと、名も知らぬ女子生徒の方へ首を向けさせようとするも。

「あれ?いねえ」

 その男子生徒の早くもオススメとなった女子生徒の姿は、いつの間にか消えていた。


 恋は朝から教室の男子がざわめいているのに辟易していた。

「・・・何があったんだろうねぇ」

 その様子を、穂実果も不思議なものを見る目でその動きを追っている。

 授業の合間の休み時間に、男子が事あるごとに教室を離れる。

 帰ってくる男子の言葉の端々を拾い集めると、どうやら隣の2組に転校生が舞い込んだらしい。入学も初期から珍しいが、ほぼほぼ新入生の扱いのようで。

 昨日クラスの男子が白昼夢のような美女の幻影だと騒いでいたのは、その転校生が真清への下見に回っていたから、らしい。

 その天上から遣わされた天使の如く佇まいは瞬く間に知れ渡り、1年に限らず、ほぼ全ての真清男子の心を奪って離さない。

「ねえ、恋ちゃん。私たちも見に行ってみようよ」

 何故か浮足立っている穂実果とは反対に、恋は窓側に頬杖を突いている。

「いいよ。あんなもん。一生見なくて構わん」

 その態度に穂実果は奇妙なものを感じる。

「・・・恋ちゃん。知り合いなの?」

 その疑問に、恋は苦々しい表情で返したのだった。


 そんな1年1組の教室がざわめいたのは放課後のことだ。

「面倒くせえ」といいつつ、恋は几帳面にちりとりにほうきを使ってせっせと細かいゴミを追いやっているその姿に、穂実果はなんとも言えない癒やしを心の中に補充しつつ、 掃除に精を出す。

「お久しぶりね。こ・い・ぬ・ちゃん」

 その忌むべき訪問者の声に、恋はあからさまに不快な表情をした。

 小柄な恋を前に、その背の高さが際立つ。

 腰元まで届く青みがかった艷やかな髪。細くしなやかに伸びる両足が、しっかりと床を捉える。

 周囲の男子共の目は、魅了の魔法に掛かったかのように固まり、女子もその美しさに頬を上気させている。

「・・・サルぅ」

 その小さな口を滑る、あだ名らしき言葉。

 やはり、恋は噂の転校生の存在を知っている?

 そこ不穏なものが見え隠れしており、初対面という雰囲気ではない。

「・・・恋ちゃん、知り合い?」

 小声で穂実果が恋の耳元に疑問を投げかける。

「・・・猿童(さるどう)(まわり)

 穂実果の問いに、恋は苦虫を噛み潰すように呟き。

「アタシの・・・幼馴染みだ」

 そう、不本意に言葉を続けたのだった。


 昨日、恋の母親に連絡が入ったのは夕食時で。

 小学校の終わり頃に、海外へと家庭の都合で飛び立ったお隣さんが帰ってくる、と。

 数年は会っていなかった、幼馴染み。

 生まれた病院、幼稚園、小学校と一緒。廻は目指す夢のため、海外に飛び立った。

 それが今、何の因果か帰ってきた。

「…子犬ちゃん?」

 それは恋にとって忌まわしいあだ名だ。

 見た目と共に名前をもじったあだ名。子供の時は、まさか自分の背丈が当時と数ミリも変わらないとは思わず、甘んじて受け入れていた。

「・・・久しぶりじゃねえか。猿回し」

 年々、子犬というあだ名に嫌気が指す恋は、廻をお返しかのように『猿回し』と呼ぶも、彼女は既に身長で恋を遥かに上回っている余裕か知らないが、意に介さない。

 子供の頃の記憶だが、何に関しても廻は恋の上を行く、優等生だった。勉強も、運動も。

「何の用だよ。お前のクラスは隣だろ?」

「久しぶりに会ったって言うのに、随分な口ぶりでなくて?」

 不敵な笑みで、眼下の恋を見やる。とてもじゃないが、額面通りに受け取るほど、目の色は友好的には見えない。

「この学園に入って、貴方に会いに来た理由はひとつしかなくってよ」

 鋭く、細められる目。その目の奥に宿る意思を、恋は悟る。

「・・・へえ。お前も『目覚めた』ってわけか」

 ふたりの間に、静かなる火花が交錯する。

 それは、お互いの格闘因子が共鳴した瞬間だった。

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