STAGE4
フィールド内は格闘者の動きを補助し、その力を放出の手助けをする。
超人的な能力を明確な輪郭で浮かび上がらせ、その残滓から外の世界を守る。
フィールドの外、観客となった真清の生徒は、今まさに始まった戦いに意識を引き上げられ、様々な声援をバリアで区切られた直方体の中へと送り込む。
穂実果は初めて直で見るエクストリームファイトに、その大きな胸を不安と共に高鳴らせる。
(コイツっ!速えっ!)
恋のハイキックを両腕でガード。見た目と似合わぬ重さと速度。
矢島は目の前で縦横無尽に駆ける恋の動きを目で追っていた。
恋のバトルスタイルは、小柄な身体を利用したスピードタイプ。ならその攻撃は速度でカバーするほど威力はないのかと問われたら、防御する腕の上からでも伝わる衝撃は強力で。
離脱する恋に向かって、矢島は右掌に意識を集中させる。
吹き出す炎。
矢島は炎を操る。
よくある能力だが、シンプルが最も強い。そう、信じている。
「ファイアダガー!」
バレーボール大にまで収縮するオレンジ色のゆらめきを、拳を撃ち抜く動き解き放つ。
豪速球もかくやの速度が恋に迫る。
それを、恋は紅い波動を纏った右足を振り抜き、弾く。
(纏わりつかれると厄介そうだ)
恋の小柄なスピードは、矢島の大振りの必殺技と相性が良くなさそうだ。
もう一度、ファイアダガーを放ち、牽制。
恋は右手を地面に突き立て、吠える。
「ドッグ・ランっ!」
紅い波動が波打ち、形を成す。波が地面を駆ける。まさに猟犬のように。
フィールド上で燃え盛る火球と、紅い波動が交錯。爆発する。
格闘者は、己から湧き出る力を思い描いた力を形にして、放出できる。
それが『必殺技』と言う現象。
手から湧き出る力を収束させ、投げる。人知を超えた跳躍力で、飛ぶ。相手に手を触れずに、投げる。
それは人類が思い描いた超人の姿。
それが、立方体の中で行われる、新時代の戦い。
言葉は言霊だ。
それは人類が格闘者という進化した存在を産み落としても、変わらない人間としての根幹。
叫び、吠えることで格闘因子はより、力を授けてくれる。
矢島の炎を纏ったパンチと、紅い光を纏った拳が激突する。迸る残光を撒き散らす。
恋は、まるで空中に足を預ける場があるかのように、物理法則を無視した動きで宙を蹴る。水平に向かって凄まじい速さで、走る。
空中から高速で急襲する、打ち付けるようなパンチ。
「ぐうっ!」
か細い拳が生み出すその威力は、矢島の身体を大幅に怯ませるには十分で。炎を撒き散らし、追い払う。
それすらも、恋は軽やかな動きで宙返り。反転。髪を振り乱し、跳ね回る。
それにしても、なぜコイツはこんなに笑って居られる?
エクストリームファイトも、戦いだ。
勝者と敗者が明確に分けられ、この戦いですら数秒後、数分後には雌雄を決される。地面に伏せているのは自分かも知れない。
勝者はその栄光を称えられ。
敗者は何も失わないが、何も得られない。
敗者に口なし。勝った者のみが正義なのだ。
矢島はそれを恐れる。
どんな格闘者だろうと、常勝無敗と言うことはありえない。
自分はいずれ、日本で最強のエクストリームファイターの座に付きたい。その夢に偽りはない。
そのためには、こんなところで躓いているわけにはいかないのだ。
沸き立つ闘争。胸の内の炎を体現するように、身体を滲み出る熱。
迸る熱の塊を、叩きつける。
無我夢中で放った爆炎で膨れ上がる奔流に、小さな恋の身体が飲み込まれ。
渾身の一撃により、大きな弧を描いて、地面へと沈んだ。
熱風の吹きすさぶ中、一瞬の静寂が観客席を包む。
恋の小さい身体は、天を仰ぎ大の字で地面に倒れ伏せている。
「おい!相手は女の子だぞ!」
その静寂を引き裂いたのは、外から聞こえるそんな声だった。
「酷い!女子を火だるまにするなんて!」
伊月が恐れていたことが起きようとしている。
確かにエクストリームファイトは男女、年齢の垣根を超えたエンターテイメントとして昇華した。ただそれはプロレベルでの話に限られる。
アマチュア、特に学生同士の対戦でこういう意見が上がらないわけでもない。それは心と身体が成長し切って居ない故。
「う、うう」
外からの心無い声に意気消沈しかける矢島。
矢島も例え女子だろうと、能力という保護があっても、その手を挙げることを躊躇わない訳がないのだ。だからこそ、最初は対戦を拒否した。
「・・・矢島の因子レベルがレッドに近い。もうすぐ戦える状況ではなくなる。・・・中止にさせるか」
伊月が、タブレットの液晶に表示されている矢島のデータに視線を落としながら朝日に問う。
意識を強く持とうと、因子は正直だ。
所有者の心が、戦うことを諦めたら、因子はそれに従う。それは負けを認めるということに繋がる。
「いや、このままだ」
口元に笑みを浮かべながら、朝日はそう答えた。
フィールドの外で大きくなる騒音。それはもはや応援から矢島への批判に変わりつつあり。
まだ、彼らもエクストリームファイトの魅力に気付いていないだけなのだ。
格闘者の持つ熱は、きっとフィールドの外の者へと影響を及ぼし、伝播する。朝日はそれを狙い、信じている。
だからこそ伊月も、朝日の選択を尊重し、止めなかった。
そんな教師陣の思いとは裏腹に、矢島の精神は揺らいでいた。
棄権して、降りよう。何もこの戦いは、自分の未来を左右する戦いではない。まさにストリートファイトに近しい。
何ももたらさない。何も得られない。
無意味だ。
自分の中の格闘因子が戦うことをやめようしている。それに従った方が楽だ。
矢島が棄権の宣言しようとしたその時。
「うるせぇええええっ!」
立ち上がっていた恋が、叫んだ。
外の観客席に向かって。格闘因子は、矢島の放った攻撃にも負けない。火だるまになった恋の身体は一切の焦げ跡を残すこと無く、恋の格闘因子がダメージを請け負った。
数秒のダウンの後、心に日が焚べられれるが如く、燃え盛る。今度は、別の炎で。
「外野は黙ってろッ!要らねえ茶々を飛ばすんじゃねえっ!」
やっと温まってきた。もう、止められない。
誰にも邪魔されない。この心の奥底から溢れ出る高揚感を。そして、ここはそれをぶつけ合う場のはずだ。それは、このフィールドに足を踏み入れる者だけの特権。外の連中それを止める権利は、ない。
恋の怒号に、観客席はしばしの静寂を取り戻す。そして、滲むように怒りの声が戻り始める。
「何だよ!俺等はお前を心配してやってんのに!」
「そうよ!」
「何だその言い草は!」
うるせえ!ともう一度恋が一喝。
恋は前方へと視線を戻し。
「・・・お前、棄権する気じゃねえだろうな」
恋の指摘に、矢島は無言。
「楽しくねえのか、気持ちよくねえのか?」
問いかけの意味が分からず、矢島はただ恋を見る。
「『エクストリームファイト』は、アタシたちにしかできない、アタシたちにしか味わえない!ウダウダ言う外野にも、誰にも邪魔はできない!」
目を輝かせながら、怒りながら、それでもどこか楽しそうに。
「・・・これは、アタシたちだけに与えられた贈り物だ」
ぎゅ、と恋は右掌を握り、拳を形作る。
「空手家も、ボクサーも、プロレスラーも。あらゆる格闘家は、アタシたちの領域には辿り付けない!最高じゃん!」
恋の言葉に、淀んだ矢島の目に光が灯り始める。
「『エクストリームファイト』は、アタシたち格闘者だけがやり会える、最高の楽園だ!」
恋の中の格闘因子が煮えたぎる。それに呼応するように、矢島の因子も応えるように、折れた首が元の姿を取り戻そうとしていた。
「今戦っているのは、アタシとアンタだ」
矢島の胸の内で渦巻く、迷いのように揺らめくものが、形を成していく。
「・・・そう、だな」
何かの覚悟か、決意が固まったように。
先程までの歪ませた顔は精悍なものに置き換わり。
矢島の身体をオーラのような揺らめく影が滲み出し。爆発を寸前に控えた灯火のように。
やがてそれは矢島の能力である炎と姿を変えて。燃え盛る熱炎が、震え、吠える。戦わせろと因子が高ぶる。
「・・・いいもの持ってんじゃんか」
恋が、愉しそうに笑う。
「俺の、とっておきだ」
何かが吹っ切れたように矢島が笑い。
どちらとも示し合わせるわけでもなく、駆ける。
矢島の右腕が文字通り火を吹き、恋の右腕が紅い閃光を纏い。
「うらあっ!」
「だらっしゃあっ!」
両者の赤が激突する。
噛み合う拳が衝撃を生み、炎が弾け、稲光が明滅し。
「ぐうっ!?」
競り負けたのは矢島で。
自分よりも遥かに体格で劣る、小さい恋の吐き出すパワーは、それ以上で。
矢島の右腕に痺れるような衝撃を遺し。
その怯んだ僅かな隙。
炎幕をかき分け、伸びた左腕が矢島の胸ぐらを掴み。さっきのお返しとばかりに、反対の手が凄まじい速度で矢島の顔面を捉えた。
「っ!ぐはっ!?」
その、荒ぶる戦いに外野の雰囲気が変わり始める。
エクストリームファイトへの反感が見え隠れしていた歓声が、やがて一方通行に変わってゆく。
恋、矢島の名が飛び交う。それは、他のスポーツを応援するものと何ら変わりはない熱を宿していて。
いや、異様とも思える熱に関して言えば、最大瞬間風速をといえるくらいにうねり、高まる。
矢島の盛る炎が烟るパンチ。
恋の紅い閃光を纏った蹴り。
それは達人同士の剣の鍔迫り合いか。
矢島の渾身の一撃が、恋の身体に叩き込まれる。ガードの上からでも押し寄せる衝撃に、恋の身体が大きく吹き飛ばされ。小さな身体が浮遊感と共に大きく上方へ。
「やべっ!」
フィールド端のバリアにあわや接触。
今回は大会形式ではないため、フィールドアウトルールはないので、触れようがペナルティはない。だが、フィールドに身体が振れるのは、格闘者にとって恥じだと恋は思っている。
恋の足の裏が、天井のフィールドに振れる瞬間。
歓喜に顔を歪ませた恋の足の裏が、何もない空間を蹴り、飛ぶ。
幾度の拳の交錯。
灼熱の炎が揺れ、紅い稲妻が迸る。
矢島に先程までの戸惑いはない。恋同様、目を見開き、喜びに満ちた動きで拳を振るう。
恋も、最高長の愉悦を感じていた。
格闘因子は、対峙する両者にだけでなく、その外にまで感染するのでは、とたまに思う。
それが、凡人を超人に変える。
心が高ぶる。身体が逸る。
打ち込まれた恋のパンチに、矢島の拳が弾ける。先に根負けしたのは矢島だった。
恋の、渾身の一撃が矢島に叩き込まれ。
「ドッグ。ファイトおっ!」
右ストレートを端にする、両拳での屋のような連撃。無数の弾道が猛スピードで回転する。
恋の両連撃が矢島の身体に打ち込まれ、最後に振り抜いた右拳が相手の身体を大きく吹き飛ばし。
ずどおんっ・・・!
グラウンドに滑るように叩きつけられる矢島の身体。
やがて、矢島の身体を覆う炎が、篝火のように小さくなり。
息で吹き消したように、揺れて消える。
静寂。
その瞬間。
『プレイヤー2の格闘因子のダウンを確認』
抑揚のない機械音声がフィールド内から聞こえ。
『プレイヤー1の勝利を確認』
浅く、息を吐く恋。
瞬間、津波のように周囲が爆発し、何に対して喜ぶのか。観客の熱が再度揺れる。
矢島は、戻る意識の先にフィールドの天井を見た。
身体はなんともない。むしろ、心地よい微睡みに包まれている。
自信はあった。
相手が女子だから言う理由は、エクストリームファイトに片足を突っ込んでいる自分にとって口が裂けても放つべきではない愚考であるのは承知だ。
情けねえ。
ないまぜになった感情を塞ぐように、空から降り注ぐ太陽光を閉ざすように、矢島は腕で顔を隠す。
僅かに漏れる太陽の光すら塞いだのは次の瞬間で。
片目だけを空に覗かせると、恋がゆっくりとした足取りで近づいてきた。
どんな言葉を投げつけられるのか覚悟した。
それ見たことかと言われるのか。その弱さを露呈させられるのか。雑魚雑魚となじられるのか。
だが、恋から放たれた言葉は矢島の想定していたどれでもなかった。
「楽しいだろ?」
そう言ってニヤッと笑うその笑顔は、太陽と同じくらいに輝いて見えた。




