STAGE3
教壇に立ったのは、若い男だった。
年は20代半ばくらい。
短髪を痛いくらいのショッキングピンクに染め、アロハシャツにサンダルと、およそ教師には見えない出で立ち。
そして、教室の後の扉からも若い男が入ってきた。こちらは一転、白衣姿に黒髪。メガネを掛けていて真面目そうだ。年もアロハシャツと同じくらいか。
「このクラスの担任の緋山朝日だ。保健体育を担当している。よろしくな!」
見た目通りの快活なノリで、朝日は自分の受け持つ生徒へと笑顔を投げかけた。
「んで、後にいるのが副担任な」
教室中の全ての目が後方へと向けられる。
「・・・緋山先生。いい加減な紹介をしないでもらえるか」
白衣は前方の緋山に、細めた視線を向け、小さく呆れたように息を吐いた。
「・・・副担任の紫ノ倉伊月だ。担当は数学。よろしく」
そう言って、紫ノ倉は小さく頭を下げた。こちらは大分理知的かつ、常識的な様子が窺える。
「この学校にゃ格闘因子持ちも通ってはいるが、授業でやることは普通の高校と変わらねぇ」
格闘因子による効果は、身体能力の向上こそ確認されているものの、頭脳、記憶には作用しない。格闘因子を持っていても、彼らはその部分に関して言えば普通の高校生でしかない。勉学は、己の力で磨き切り開かなかければならない。
「なんか困ったことがあれば、いつでも先生に頼ってくれて構わねえぜ!ただ、授業内容とか小難しいことに関しては勘弁な。そういうことは丸ごと伊月に聞いてくれ」
楽しい学園生活にしようぜ!と朝日は息巻くも、それとは逆に伊月は浅く溜息を吐いた。
「・・・学校内での呼び捨てはやめてくれないか。他の生徒たちに示しがつかない」
伊月の抗議にも、朝日は大笑いで返すのみ。
「ちなみに俺は『エクストラタイプ』なんで、この学校でいじめやおイタをするような輩がいたら、クラスどころか学校ごと制圧できるんで、そこんところヨロシク」
その朝日の言葉に、教室内がにわかにざわめいた。
「・・・『エクストラタイプ』って、なに?」
穂実果が、僅かに頭と言葉を後に傾け、聞く。
「エクストラタイプは簡単に言うと、ひとりでも格闘因子の能力を発現できる格闘者のことだ」
と、恋の答えに、穂実果はふ〜ん、とピンと来ていない返事を返した。
格闘因子は、所持している者同士が向かい合わないと発現しないルールがある。その枷を超えた存在をエクストラタイプと呼ぶ。
これが、発動条件を逸脱した『例外』。
それは、厳しい修行による鍛錬練磨を経て目覚める者と、天性の所有者と二分される。
見た目で決めつけるのは良くないが、朝日に関して言えば前者であるとはとてもじゃないが思えない。努力や根性とは縁遠い場所に居そうだ。
生徒のひとりがその真偽を後の伊月に問いかけていて、彼が苦々しくも頷いているところを見ると、それは嘘ではなさそうだった。
エクストラタイプは、エクストリームファイトのトッププレイヤーの中でも一握りしか確認されていない稀有な存在だ。そして、エクストラタイプだからといって、その強さは比例しない。むしろ、デメリットもある。
エクストラタイプはその存在を政府に控えられる。それは人間の管理だと問題になったこともあったが、強大な力を持つ人間を野放しにしないのは、能力を持たない人間を守るためには必要な処置でもあった。
そんな背景もあるエクストラタイプだが、今現在は世界でも数えるほどしかいない。まさか目の前の朝日がその内のひとりだとは。人は見かけによらないものだ。
「伊月。お前からも何かあるか」
その言葉に伊月は若干不快な顔を見せるも、首を横に振る。
「俺らのことはこんなもんでいいか。じゃ、今度はお前らの番な。こっちから順番に軽く自己紹介してもらおうか」
朝日が廊下側の席の先頭を指で指す。
教室中で抗議の声が上がるも、朝日は問答無用で生徒に指の動きで立つことを促す。
最初の男子はバツの悪そうに椅子から立つ。
そこから生徒たちによる自己紹介が始まった。
無難に名前だけ言って座る者。
まさにエクストリームファイトの選手になりたいと夢を語る者。
この高校在学中に彼女を作りたいとのたまうお調子者もいれば、格闘因子持ちではない生徒は勉強に部活を頑張りたいと言う者もいる。
やがて恋の視界に大きな影ができる。
「あっ、稲村穂実果と言います。このクラスに中学の時の友達はひとりもいないので、よかったら仲良くしてくれると、嬉しいです。よろしくお願いします」
周囲から聞こえる歓声と拍手は主に男子のもので。それに穂実果恥ずかしそうに小さく頭を下げながら着席。
次いで、恋の番となる。
「・・・犬崎恋。夢は、ワールドエクストリームチャンピオンシップで、女子で初の王者になることです」
その言葉にクラスはにわかにざわめき、朝日は「ほう」と小さく零し。
今までの自己紹介でエクストリームファイトの選手になりたいという生徒は今年だけに限らず過去にもいたが、王者という、明確な夢を述べたのは恋が初めてだった。
ワールドエクストリームチャンピオンシップは、2年に1度開催される、世界規模の格闘者の祭典。
世界中の猛者が集結するその大会は、今や数多のスポーツ大会に匹敵する一大イベントとしてその名が知られている。
今まで日本人が表彰台に登ったことはあるものの、日本人外国人含めて、女性が王者の座に座ったことはいまだかつてない。
男女、年齢の壁が取り払われた戦いでも、やはり男に分があると言われているのも実情で。それは闘争本能の違いだとも言われている。
「ははっ。無理だろそんなの」
どこかでそんな声が聞こえた。
机の列をひとつ挟んで、ひとりの男子が呆れたようにそう言い放った。
「ワールドエクストリームチャンピオンシップは、世界中の格闘者が集まるバケモノだらけの祭典だぜ?おめーみたいなチンチクリンが出てどうにかなる大会じゃないんだよ」
その男子の友人らしき生徒が「やめろよ」と諭すも、その声の主は恋に厳しい視線を向けるのをやめようとしない。それに相対峙する恋の鋭い目。夢を馬鹿にされて穏やかで居られる人間なんているものか。
にわかにざわめき出す教室内。
伊月がふたりの間に入ろうとするのを、朝日が小さく首を横に振ることで制した。好きにさせろ、という無言の提案を、伊月は嘆息しながらも受け入れた。
「困るよな。ちょっと格闘因子に目覚めただけで超人面するの。正確に言やあ、俺達はまだ人間に毛が生えた程度の域だぜ?」
男子生徒の言う通り、自分ではその能力を完全に享受できないし、開放もできていない。だからこそ力のあり方も学校で学ぶのだ。
「・・・じゃあ、アタシと戦えよ」
その恋の言葉に、男子生徒は乾いた笑いを返す。
「なんでそうなるんだよ。飛躍しすぎだ」
男子生徒は恋の言葉には取り合わない姿勢。
「そういうお前は将来エクストリームファイトの日本チャンプになりたいって言ってたよな」
確かに恋の言う通り、その男子生徒は、自己紹介でそのような夢を語っていた。
「だったらいいじゃん。将来どこかで当たるかもしれないのなら、今やろうぜ」
自信に満ちた表情で、恋はにやりと笑う。
「だからなんでだ。俺にはお前と戦う理由はねえ」
「はは〜ん。要するに怖いわけだ。お前は」
明らかな挑発。
恋の半眼に、男子生徒は「ああ?」という言葉を零すも、冷静に睨み返す。
「やだね。なんでそんなことにつきあわなきゃならねえんだ」
その瞬間を恋は見逃さず。
「お前、ビビってんの?」
再び教室が緊張感に包まれる。
「や、やってやろうじゃねえか!負けても吠え面かくんじゃねえぞ!」
男子生徒は席から飛び上がらんばかりに立ち上がる。
決まりだな、と恋は笑う。
「ほいほーい。そこまでにしとけ」
静寂を朝日の声で遮られた。
「おふたりさん。どうやらバトルをご所望のようで。ならば一丁対戦はいかがでしょう」
芝居がかった言い回しで、朝日は恋、男子生徒の顔を見る。
「緋山先生!」
抗議の声を上げかける伊月を、今度はしっかりとした手の動きで朝日は止める。
「新人戦の選出の参考にもなるだろうし、悪い提案じゃないと思うぜ」
「俺は構いませんよ。むしろ望む所っす」
男子生徒は闘志に火が付いたのか、眉を釣り上げつつ力強く応える。
「アタシもいいです」
ふたりの答えを聞いたところで、朝日はパンと両手を打ち。
「じゃあ伊月。上に対戦の許可を取ってきてくれ。ベーシックルールな。俺はフィールドの設営してくるから、よろ」
そう言うが早いか、朝日は足早に教室を去ろうとする。
「今から30分後くらいにグラウンドな。動きやすい格好で来るように。あ、ホームルームはこれにて終わりだ。興味の無い奴はもう帰っても構わねえぜ」
教室の中、中心人物である恋と男子生徒、そして穂実果は困惑している。そう早口で捲し立てると、朝日はざわめく教室の中を後にした。
「・・・まったく。相変わらず勝手だな。あいつは」
伊月は呆れたように、しかしどこか嬉しそうに朝日の後を目で追っていた。
エクストリームファイトで使用するフィールドの大きさには、特に規則はない。
ワールドエクストリームチャンピオンシップ等の大会も同様だ。なぜなら、エクストリームファイトで求められるのは状況、フィールドの広さ、地形の状態に関わらず能力を発揮できる選手だからだ。
「おおー!その辺でいいぞ!」
朝日が遠くにいる野球部員に向かって手を振る。そして、朝日自身もグラウンドに奇妙な機械を突き立てる。
部活の準備中である野球部員を捕まえて、朝日がそれを手伝わせていた。
全長約1メートルほどの機械の円柱。
それはエクストリームファイトが生まれたのと同時期に開発された。
フィールドマシンと呼ばれるそれは、基本的には4基1組でフィールドを形成する四角形の四隅の位置に配置する。
起動させると、格闘因子所有者にのみ作用、反応するバリアを張り、フィールド内のバトルの影響を外部に出さない効果を生む。
「こんなもんか」
今回はテニスコートサイズ。コートの四隅に当たる位置にフィールドマシンを配置。ちなみに重量は1基2リットルペットボトルほど。
昔は装置そのものがデカく、ほとんどの施設で備え付けられていたが、今は技術の向上により小型、軽量化され、設置も容易になった。これもエクストリームファイトと押し上げた一因でもある。
グラウンドに恋と、男子生徒が現われた。その後に1年1組全ての生徒が残っているのを見て、朝日は口元を曲げて笑みを浮かべた。やはり、みんななんだかんだありつつも興味はあるのだろう。アマチュアの域も出ない素人レベルでも、エクストリームファイトの片鱗が見られるのだ。
恋に喧嘩を売られた男子生徒。名を矢島と言うらしい。学生服の上だけを脱ぎ、今はTシャツ姿だ。
恋はスカートの中に真新しい指定のジャージを穿いている。
「ご両人、準備はいいか」
朝日のその問いに、恋、矢島共々頷いた。
「・・・んじゃ、始めんぞ」
カチ、と朝日はフィールドマシンの起動スイッチを押し込む。ぶぅん、と機械音が鳴り、先細るマシンの上部から淡い光がレーザー状に垂直に走る。それは残り3基のマシンも同様で。
一定距離で止まり、レーザーは二股に割れて、水平に飛ぶ。同様に3基から放たれた光が接合。最初に放たれた光が壁を作り、折れた光が天井を造る。
レーザーの光が、巨大な直方体を形作る。
周囲には1組だけでなく、部活前の運動部、帰宅前の生徒。野次馬が集まり始める。
「どっちが勝っても恨みっこなしだ。エクストリームファイトは格闘技でも、スポーツでもねえ。お前らだけの、お前らの戦いをしろ」
恋、矢島共にフィールドの壁へと向き直り、足を進める。
薄い膜のような光の波に身体がぶつかりそうになるも、恋、矢島の両者はその光の膜の奥にその身を溶けさせた。
それは、ふたりが格闘因子を所有していることの証明。格闘者である証。
『セットポジション』
電子音声がフィールド内に鳴り響き、恋と矢島を指定の位置に付くことを促す。
両者の間、数メートル。
向かい合う両者。
『ラウンド1』
矢島が構え、恋も舌なめずりで返す。
『ファイト』
抑揚のない電子音声が、開戦の合図を告げた。




