みじかい小説 / 012 / 斗真のスケッチ
大学3年生の斗真は、この日もスケッチブックを片手に、絵を描いていた。
今年は9月に入っても暑い日が続いている。
学生寮の一室にあって、冷房代を極力ケチりたい斗真は、嫌々ながら窓を全開にして作業していた。
隣の家との間にある土塀の上を、一匹の猫が歩いて行った。
すると、もう少しで絵が完成する、というところで来客があった。
隣の部屋の和也である。
和也は一声かけると斗真の後ろにまわり、スケッチブックの中身をまじまじと見つめた。
そして「やっぱうまいなー」と言うのだった。
斗真が絵を描いている横で、和也は今日あったことをべらべらとしゃべる。
「斗真はさ、まだ諦めてねぇの?画家」
手土産の酒に口をつけながら、和也がたずねる。
斗真は、美大を目指していたが、3浪した末、諦めて今の大学に通っていた。
「ああ、一生追いかけるつもり。大学を卒業したら美術関係の仕事について研鑽を積みたいと思ってる」
斗真はそう言いながら、赤らんだ顔の和也をスケッチしはじめる。
「うらやましいよな、一途になれるものがあるって」
和也はそう言って口をすぼめて見せる。
「沼にはまってる身からすると結構苦しいこともあるんだけどな」
記憶はあまり鮮明ではないが、当時はそんなことを言っていた気がする。
あれから20年が過ぎた。
斗真は独身のまま、現在も時間をみつけては絵を描いて暮らしている。
先日、久しぶりに和也と会って話をした。
なんでも離婚して子供とも別居中なのだそうで、大層さみしいと言うから、学生の頃のようにそんな和也をスケッチしてやった。
すると何を思ったか、和也はそれをSNSのトップページにのせた。
モニタごしに自分の絵を眺めながら、少しは上達しているのかな、と思う斗真であった。
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