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アイドルと沖縄妖怪と癒しの歌

 「ん〜♩ いい天気ねぇ。それに気温もあったかいわ〜♩」


 「…そうね」


 真っ青な空の下。


 潮風がホテルのカーテンを揺らしている。


 「ほら見てよミサキ! 海がこんなに綺麗よ! 流石は沖縄、生で見ると違うわね〜」


 「…うん」


 眼下に広がるのはエメラルドグリーンの浅瀬。潮の香りと波の音が部屋のベランダからでもしっかりと届いている。


 「もう、ミサキったら。せっかくの沖縄旅行よ? もっと楽しんじゃいましょーよ! 」


 赤いワンピースを揺らしながら "アカネ" は目の前の彼女にメガネの下の目を光らせる。


 「…あ、ごめん。今やめる」


 "ミサキ" がスマホからアカリに目線を変えるがその目には感情は感じられない。


 「…えっと、景色でも見る? 」


 ミサキは無言で頷き、ベランダの眼下に広がる青い景色を見つめる。


 暖かい風が彼女の髪を揺らし、日差しが白い肌を照らす。目の前の海は光を乱反射してはキラキラと輝いている。

 

 目を瞑れば潮の香りと波の音が鼻と耳をくすぐる。


 再び目を開いて視線を上に向けるとそこには海よりも濃い青の空。


 まるで飲み込むような空の上に白い雲が形を変えながら流れていく。


 青空の中央で白く輝く太陽は温もりと共に眩い光を放つ。


 海も街もミサキも太陽の下で白く輝く。


 ーーーしかし


 「どう、ミサキ? 少しは心も晴れたんじゃない? 」


 「………」


 「……ミサキ…? 」


 ベランダの手すりを握るミサキはアカネに視線を向けないまま小さな声で返す。


 「……ごめんなさい… 今は、上手く笑えそうにない…」


 「………そっか…」


 沖縄の快晴の空の下。ミサキは太陽の光を浴びても、顔に残る陰は消えなかった。


 ***


 ーーー1ヶ月と数日前、東京。


 『みんなっ! 今日は来てくれてありがとう!! 』


 音楽番組の特設ステージ。ペンライトが揺れる観客席から割れんばかりの拍手と歓声が響き渡る。


 ステージに立つミサキはマイクを片手に自信を照らすライトにも負けないほど明るい表情を観客席に向ける。


 『ミサキさん、ありがとうございました! 続いては今話題のフォーピースバンドのーーー』

 

 MCの説明と共にステージが暗くなり、ミサキは足早にその場を離れる。


 通路を歩き、ステージから聞こえる声が遠くなっていくにつれて彼女の顔から笑顔が消えていく。そして控え室のドアノブを握った時にはその瞳に光は無かった。


 「お疲れ様〜! 今日のステージも可愛かったわよ、ミサキ! 」

 

 ドアを開けるとスーツ姿のアカネがミサキに駆け寄り、彼女の両手を握る。


 しかし、ミサキの目を見て徐々にアカネの笑顔も消えていく。


 「…どうかしたの? 」


 「…別に。ちょっと疲れただけ」


 アカネの手から離れたミサキは静かに返すとそのままふらつく足取りで椅子に座る。


 目の前の鏡に映る表情を見て小さなため息をつくと自分の両肩に手を置くアカネが映りこむ。

 

 「…なんかやなことあったんでしょ? 私でよければ聞くよ? 」


 「…なんで分かるの…? 」


 「伊達にマネージャーやってないのよ。遠慮せず言っちゃいなさい」


 アカネの表情を鏡越しに見ていたミサキは視線を彼女に向けて口を開く。


 「……今日の歌、ワンテンポ遅れてたし音程もズレてた… せっかく呼ばれた番組なのに、最悪……」


 言葉を続けるにつれて声が震えていくミサキに一瞬戸惑った表情を浮かべたアカネだが即座に明るい顔を向ける。


 「で、でもファンのみんなは楽しんでたじゃない。そんなに落ち込まなくても…」


 「それじゃあダメなの!! 」


 アカネの慰めを叫びで遮ったミサキは驚く彼女にスマホの画面を突き出す。


 「私は…私は完璧な歌を届けなきゃいけないの! じゃないと認められないの!! だから中途半端な歌じゃダメなの!!! 」


 アカネは涙を浮かべて叫ぶ彼女からスマホを受け取り目を通す。


 「……何よ、これ…!? 」


 スマホに映し出されるのは悪意に満ちたXの画面。


 『ミサキとか言うやつ、歌下手じゃね? www』


 『初めて生で聞いた時は途中で帰ったわ』


 『キモヲタくんたち耳終わってて草』


 『こんなんを評価してる日本の音楽業界が不安』ーーー


 一瞬、アカネはスマホを床に叩きつけそうになるが寸前でミサキの声に中断する。


 「これが現実なの。私は完璧な歌を歌わないと価値なんてないの」


 アカネは彼女に声をかけようと頭の中で言葉を探すが、


 「ミサキさーん。そろそろエンディングなんで戻ってくださーい」


 とドアの向こうのスタッフに遮られる。


 ミサキは静かに席を立って控え室のドアに向かうがアカネは必死に頭を回転させる。


 ーーーどうすれば彼女を救える?


 ーーー彼女が笑ってくれるには何をすればいい?


 グルグルとアイデアが浮かんでは消えていくにつれ、ミサキはドアの目の前に立っている。


 そして彼女の手がドアノブに触れたその瞬間ーーー


 「そうだっ!! 」

 

 突然、部屋に響くアカネの叫びにミサキは肩をビクッと震わせる。


 「な、何? いきなり大声出して」


 「ミサキミサキ! あんた、来月休み入ってたわよね!? 」


 「…は?? 」


 「休みよ休み! ほら、15日辺りの土日! 」


 目を輝かせながら迫るアカネにミサキは後退りしながらスマホを覗く。


 「…ま、まぁ16日と17日は休みだけど…? 」


 ミサキの返答にさらに目を輝かせたアカネは彼女の両肩を掴んで興奮気味に言う。


 「その日、2人で旅行に行きましょう! 」


 「りょ、旅行!? 」


 「そう旅行よ! そうすればモヤモヤもきっと晴れるわ! 」


 戸惑ってるミサキを尻目にアカネは興奮を冷まさずに


 「どこがいいかな〜? もうすぐ夏だから、涼しいとことか夏っぽいとことか…」


 と顎に手を当てながら歩き回る。


 その姿にミサキはほぼ同年代のはずのアカネが幼い子どもか何かに見えた。


 すると、ミサキの脳裏にふととある光景が浮かぶ。


 昔テレビで見た、青い海と空が広がる光景ーーー


 「沖縄…」


 「え? ミサキ、なんか言った? 」


 「沖縄なんてどう? 前から行ってみたかったの」


 ミサキの提案にアカネは


 「沖縄… 沖縄ねぇ……」


 とぶつぶつ呟きながら目を瞑る。おそらく彼女の頭の中では沖縄のビーチが広がっていることだろう。


 そして即座に目を大きく見開いて彼女の手を握る。


 「それ、最高!! 来月行きましょう!! 」


 「え、ええ」


 引き攣った笑みを浮かべるミサキに満面の笑顔を見せるアカネ。


 「楽しみだわ〜♩ 白い浜辺に青い海。そして…」


 アカネが妄想に耽っているが、背後のドアからコンコンとノック音と


 「あの〜ミサキさーん? まだですか〜? 」


 とスタッフの声が聞こえて、彼女は大慌てで返事する。


 「は、はーい! ごめんミサキ、早く行ってきて! 」


 「う、うん」


 焦った様子でドアを開けるミサキにアカネは


 「それじゃ、予約とかは任せて! 最高の女子旅にしてみせるから! 」

 

 と、片目を閉じる。


 彼女のウィンクを贈られたミサキは苦笑いで返してスタッフと共にステージに戻った。


 ***



 ーーーそして1ヶ月と数日後の8月16日。


 予定を合わせた二人は飛行機に揺られて沖縄に到着した。


 土地に足を踏み入れた途端、沖縄の風と日差しが二人を優しく包み、迎え入れる。


 その日は一日中、沖縄の観光名所に足を運んだ。


 美ら海水族館のジンベイザメを見ては息を呑み、首里城の空気に圧倒され、ビーチでは子供の様にはしゃいだ(特にアカネが)。


 街の人々も東京とは違い穏やかでいつも微笑んでいる。


 都会の忙しさから解放され、沖縄の優しさが二人を温めてくれる。


 そして一通り遊んだ昼下がり。二人はホテルに戻った。


 アカネの身も心もすっかり癒されて口元が緩み続けていた。


 しかしーーー


 ***

 

 ホテルの一室。再びミサキはスマホの画面に視線を落とす。


 『こんな歌が評価されるなら俺でもいけるわwww』


 『オワコン乙っ!! 』


 沖縄に行ってもなお溢れるコメントにミサキはため息をついてベッドに腰を下ろす。


 その姿にアカネはミサキが今日一日浮かない顔をしていたことを思い出す。


 (沖縄に連れてきたのにミサキったら全然休めてない… 何とかしないと…)


 沈黙が部屋を支配する中、アカネがそれを破る。


 「ねぇ、ミサキ。夕陽でも見に行かない? 」


 「…夕陽…? 」

 

 「地元のおじいちゃんが言ってたの。ここの近くのビーチで見れる夕陽は格別なんだって。ちょうど、もうそろそろで日が沈む頃だしね」


 ちょうど沈み始めている太陽を見ながらアカネが言う。


 ミサキは口元に手を置いて考える様子を見せてからアカネに答える。


 「…分かった」

 

 「よしっ、決まり! じゃあ行こう! 」


 手を引っ張るアカネにミサキは目を見開く。


 「えっ今!? 今行くの!? 」


 「そうよ! ここから歩いていけばちょうど夕日を見られる時間に着くから! 」

 

 「しかも徒歩!? 」


 驚愕が顔に出し続けてるミサキだったが結局アカネの手が引かれるままになり、そのままホテルを後にした。


 ***


 「あっ! 見て見てミサキ、ハイビスカスよ! 」


 「うん、そうだね…」


 「あっちの家、シーサー乗ってるわ! 」


 「前に何回も見たでしょ…? 」


 ビーチへ向かう道中、アカネは目に映るもののほとんど全てを指差しては目を輝かせている。


 一方、ミサキは彼女を見てはため息混じりに返しては日差しを手で覆う。


 その様子を見てアカネは


 「そ、それにしてもどんな夕日なのかしらね〜? 現地の人が言うにはさぞ綺麗なんでしょうね〜。いやぁ楽しみ楽しみ〜! 」


 と、沈黙を作らせないがミサキの表情が変わることはなかった。


 そしてあかねが再び口を開いたその時ーーー。


 「ウンジュ(あなた)たち、どこに行くんだい? 」


 しわがれた声が聞こえて二人が視線を向けるとそこにはサトウキビが入ったカゴを背負った老夫婦らしき人物が立っていた。


 「この先に夕陽が見れる浜辺があるって聞いて」


 ミサキが答えると老夫婦は麦わら帽子の下にあるシワだらけの顔で目を細めながら微笑む。


 「そうさ(そうか)、トーはじょうとうな(それはいいな)」


 「あそこの浜辺は夕陽がちゅら(美しい)からねぇ」


 時折方言に首を傾げる二人だがなんとなく何言ってるのかはわかるので相槌代わりに頷く。


 「では、私たちはこれで…」


 「でも、気をつけな? 」


 「へ? 」


 二人が老夫婦の脇を通ろうとすると、老人がしわがれた声を低くして言う。


 「夕暮れになると、あの辺りには "マジムン" が出るからな」


 「…ま、まじむん?? 」


 「何ですか、そのマジムンって? 」


 眉を顰めて首を傾げる二人に老婆が軍手を付けた手を動かしながら話す。


 「ウチナー(沖縄)の化け物のことさ。あやてぃ(あそこで)見たって人は何人もいるよ」


 「あやてぃ夕陽をンージュンのはじょうとうが(見るのはいいが)、早いところで帰った方が身のためだぞ」


 老夫婦の麦わら帽子の影に覆われた目を見て二人の背に冷たい感覚が広がる。


 緊迫感の広がる二人とは対照的に朗らかな表情の老夫婦は


 『気をつけていっティっしゃい(いってらっしゃい)』


 とだけ言うとそのまま彼女たちを通り過ぎていった。


 「マジムン…… ば、化け物だって…」


 「何言ってんの… そんなのいるわけない……」


 サトウキビの入った老夫婦の背中が見えなくなるまで見つめていた二人はそのまま浜辺に向かった。


 その道中、彼女たちの額には冷たい汗が流れていったーーー


 ***


 ーーー数分後、二人はしばらく歩いてようやく件の浜辺に到着した。


 彼女たちの目の前に広がるのは昼間に見たエメラルドグリーンではなくオレンジに染まった水平線。


 「わぁ…」


 「綺麗…」


 オレンジ色の空に浮かぶ真っ白な太陽は海に一本の光の反射による道を作り出す。


 陽が沈むにつれて上空はだんだん青紫に染まって黄昏の風景を二人に見せつける。


 アカネもミサキも夕焼けに染まった沖縄の浜辺を見てはお互い息を呑んで目を光らせていた。


 「どう、ミサキ? 少しは心も軽くなったんじゃない? 」


 目の煌めきを消さないまま、アカネは隣に座るミサキに視線を向ける。


 ーーーところが。


 「…ミサキ…? 」


 アカネの視線の先には膝を抱えて座り込んでいるミサキの姿が。夕陽に照らされているその表情は自分とは異なった曇りのあるものだった。


 「……まだ、モヤモヤする…? 」


 「…うん……」


 アカネに彼女は頷く。


 「…そっか……」


 アカネは一言そう言って静かに彼女の隣に腰を下ろす。


 そして二人は互いに言葉を交わさずにただ夕陽を眺めていた。


 波と風の音、潮の香り、夕陽の温もりが二人を包み込んでいく。


 そして、太陽の半分ほどが水平線の向こうに隠れた時、ミサキが口を開いた。


 「…ごめんね……」


 「…え? 」


 「私のために旅行を提案してくれたのに…私を楽しませようと一生懸命やってくれたのに…」


 言葉が震え、涙が砂浜の上に落ちていく。


 「どれだけ綺麗な光景を見て感動しても、頭の中じゃずっと『完璧な歌を歌え』って叫んでるの…… だからずっと、モヤモヤしちゃって……!! 」


 膝を抱える力が強まっていくミサキの姿を見てアカネは声をかけようとする。しかし、喉の奥に引っかかたかの様に言葉が出てこない。


 「……音楽って…何が楽しいのかな…? 」


 涙で濡れた目でほとんど沈んでいる夕陽を眺めているミサキ。


 そんな彼女に、アカネはただ黙って見つめるしかできなかったーーー


 ***


 太陽が完全に水平線の向こうに落ちた頃、数分前までオレンジに染まっていた空も濃紺に変わっていた。


 気温も徐々に下がり砂浜も冷たくなっていって、風が二人の汗ばんだ肌を冷ます。


 「…ホテルに戻ろっか」


 「…うん…」


 パウダーの様に細かい砂を払い落として立ち上がった二人は静かに海を背に歩き始める。


 砂の踏む音を鳴らして数歩歩いたその時ーーー


 「……ん? 」


 突然、ミサキは足を止める。


 「どうしたの、ミサキ? 」

 

 「いや… さっきなんか聞こえなかった? 」


 「え? 」


 アカネとミサキは目を閉じて耳を澄ます。


 すると彼女たちの耳が拾ったのは波と風の音とは違うものが混じっていた。


 " ベン♩ べベンベンベン♩ "


 " トントン♩ トントコトン♩"


 "ピューイ♩ ピュイッピュイッ♩"


 「これって…三味線…? 」


 「それに太鼓と指笛…みたいね? 」

 

 あたりに聞こえてくる三味線、太鼓、そして指笛の様な音は耳をすまさずとも聞こえるほど大きくなり、一つの音楽の様に奏でている。


 三味線の旋律と太鼓のリズムに二人は揺れる。


 そしてそのまま誘われる様に音が聞こえる方へ歩き始める。


 「これ、なんの音なのかしら…? 」

 

 「分かんない。なんかのお祭り…なのかな? 」


 不安と好奇心が入り混じった表情で音の鳴る方へ向かう二人。次第に辺りも暗くなり、月が登り始める。


 そして陽が暮れて真っ暗になった時、音の方にゆらめく光を見つける。


 「焚き火…? 」


 「見て、周りに誰かいるわ」


 闇を裂いて煌めいている火の周囲、そこに数名の影が蠢いているのが分かる。


 「ハーイヤッ! ハーイヤッ! 」


 「アーイヤイーヤーサーサーッ! 」


 三味線…いや、三線の音とパーランクー(沖縄の小さな太鼓)が奏でられ、手拍子と指笛がさらにリズムを軽やかにしていき、影たちが焚き火の周りで舞っている。


 ミサキたちは彼らの音楽に乗りながら慎重に近づく。


 そして、彼らと数メートル前後まで近づくとぼんやりと影の正体が見えてきた。


 するとーーー


 「ひっ…!! 」


 「な、何アレ…!? 」


 喉から小さな悲鳴をあげたミサキと目を何度も擦るアカネ。


 彼女たちの視線の先にはーーー


 赤い蛇男が三線を弾いては首を伸ばし、片足しかないヤギが太鼓を鳴らす。


 火の周囲には赤い肌の子供が駆け回り、片手に鎌を持った男が指笛を響かせては、大人ほど大きなカマキリが手拍子の如く両鎌を打ち合っている。


 夜の浜辺で妖怪たちがーーー"マジムン" たちが歌い、踊っている。


 そんなマジムンたちを見て、ミサキとアカネは震える。


 「あ、あれが…マジムン…!? 」


 「に、逃げようよミサキ…! やばいって…!! 」

 

 二人はできるだけ音を出さぬ様、息を殺して彼らを背に去ろうとするーーーが、


 "ドンッ!"


 「キャッ! 」


 「あいたっ! 」


 振り向いた直後に黒くて大きな"何か" にぶつかって二人とも尻餅をつく。


 痛みに顔を歪ませながら二人が目の前の存在を見上げる。


 二人の視線の先。月光に照らされた黒くてゴワゴワした毛並みのーーー


 「え?? 」


 「ごご、ゴリラぁ!? 」


 女の着物を着たゴリラが鋭い目つきで驚愕してる二人を見下ろしていた。そして、ゴリラ女はその大きな手でミツキたちの首根っこを掴んで持ち上げる。


 「ひっ! や、やめて…! 」


 「こ、殺さないで…! 」

 

 涙目で懇願してる二人の顔をじっと見つめたゴリラ女は軽々と放り投げる。


 「いやぁあ!! 」


 悲鳴をあげながら放り出された二人はそのまま冷たい砂浜に叩き落とされる。


 「いたた…」と、苦しそうに呻きながら顔を上げるとそこにはマジムンたちが二人を見下ろしている。


 「うわぁ!! 」


 「か、囲まれた…!! 」

 

 ミサキとアカネはガタガタと震え、涙を流しながら互いの手を握り合う。


 ーーー殺される。


 最悪の未来が二人の頭によぎった瞬間、赤い肌の子どものマジムンが手を振り下ろす。


 「…ッ!! 」


 その瞬間、二人は目をギュッと瞑って死を覚悟するーーー



 しかし、数秒間経っても予想していた痛みが来ない。


 ミサキが恐る恐る片目を開けると赤い子どもが伸ばす手には三線が乗せられているだけ。

 

 そしてまるで差し出す様に彼女たちに三線を突き出す。


 「な、何…? 」


 「演奏しろってこと…? 」


 アカネが震える声で尋ねると赤い子どもはパァっと明るく笑ってコクンコクンと勢いよく頷く。


 恐る恐る三線を手にしたミサキは不安そうにアカネを見つめるが彼女もただ震えるしかできない。


 (もう、どうにでもなれ…! )

 

 囲うマジムンたちが見つめる中、ミサキは撥を手に取って三線を鳴らす。


 "ギュイン… ギャン、ギャン…"


 震える手で演奏する三線はマジムンたちが奏でたものとは程遠い不恰好な音を立てる。


 一音一音鳴らすたび、演奏するミサキや見つめるアカネは冷や汗が溢れ震えも強まる。


 ーーーもっとちゃんと演奏しなきゃ…!!


 頭の中で叫び続けるがそれでも一向に改善されないミサキの演奏。


 再び死を覚悟したミサキの目が硬く瞑った、その時ーーー


 "パンッ パンッ パンッ パンッ"


 突然手を鳴らす音が聞こえてくる。


 ミサキとアカネが音の方を見ると、ゴリラ女が一定のリズムでその大きな手を叩いている。


 すると今度は


 "トトン♩ トントンッ♩ トコトントン♩"


 と、片足のヤギがリズミカルに太鼓を叩く。


 太鼓の音と手拍子がどんどん大きくなるに連れてマジムンたちは足を鳴らし、盆踊りの様に身体を揺らし始める。


 そして赤い蛇が大口を開けて叫んだ。


 「イーヤーサーサーッ!」


 その瞬間、マジムンたちは三線を演奏するミサキと座り込んでいるアカネを取り囲んで舞い始める。


 不恰好な三線の音など気にもしない様に、彼らは満面の笑みで軽やかに手を叩き、歌い、踊る。


 その姿を見て呆然とする彼女たちの震えは徐々に小さくなり、不安の顔色はなくなっていく。


 次第にミサキは三線を弾くテンポが速くなり、アカネも手を叩き、マジムンたちのリズムに合わせる。


 リズムを刻むに連れて二人の表情はどんどん明るくなり、二人とも立ち上がる。


 そして口を揃えてーーー


 『イーヤーサーサーッ!! 』

 

 口を大きく開いて叫んだ二人はマジムンたちの輪に入って火を囲いながら奏で、歌い、踊る。


 彼女たちを見たマジムンたちの笑顔はさらに明るくなり、刻む足取りが細かく、歌う声が大きくなる。


 ミサキたちも彼らに負けじと演奏しながら笑い合う。


 もはや彼女たちの脳裏にXの悪意も『完璧な歌』の呪縛もない。


 ーーー楽しい


 二人はただ一心にそう感じながら恐怖心と共に時間も忘れ、マジムンたちと意識が飛ぶまで笑い合っていたーーー


 

  ***



 「…ん…? うーん…」


 眩い光が閉じているミサキの目の隙間に入り、彼女は静かに目を覚ます。


 「ここは…」


 起き上がって目を擦ると、浜辺には焦げた焚き木と寝息を立てるアカネだけが残っていた。


 昨夜の騒ぎが嘘のように、浜辺に波とカモメの音だけが響く。


 「もしかして、夢……? 」


 そう呟くミサキの胸に僅かな寂しさが滲み出る。

 

 目を瞑るとマジムンとの記憶が鮮明に蘇ってくる。初めの恐怖、驚愕、不安ーーーそして、共に笑い合った楽しさ。


 全てが頭に甦る。


 「全部、夢だったのかぁ…」

 

 静かにため息をついたミサキは立ちあがろうと砂浜に手をつける。するとーーー


 「ん? 何か埋まってる…? 」

 

 妙に盛り上がっている砂に違和感を抱き、かき分けて隠れている何かを掘り出す。


 「これって…!!」


 掘り出したものを見て目を大きく見開いたミサキはアカネを激しく揺さぶる。


 「アカネ! アカネ起きてっ! 」


 「うわっ!? 何何何!? 」


 慌てて目を覚ましたアカネは目を数回擦り、ミサキの方を見る。


 「な、何なのよミサキ! 急にそんな…」


 「そんなこといいから! それより、これ!! 」


 言葉を遮られミサキに突き出されたものに戸惑うアカネだったが


 「これって…! 」


 ミサキが握っているものーーー彼女が昨夜赤い子どものマジムンから貰い、不器用に演奏した三線を見た途端、目を大きく見開く。


 「昨日のあれは夢じゃなかったんだ…! 」


 ミサキが目を見開いてそう言うとアカネも頷いて二人ともただ黙って三線を見つめる。


 しばらく三線を見た後、お互いに顔を見合わせてーーー


 「ふ、ふふ… 」


 「……ぷふっ…! 」


 「あはははっ! あははっ! 」


 「ははははっ! はーはははっ! 」


 笑っていた。


 大口を開けて、腹を抱えて笑った。


 ーーーなぜ笑っているのか。


 ーーーなぜこうも面白いのか。


 ミサキ自身もその理由は分からない。きっとそれはアカネも同じだろう。


 しかし、そんなことはどうでもいい。


 二人はあの時、マジムンと歌った時と同じ気持ちで笑い転げていたーーー

 


***


ーーー数ヶ月後、東京。


 「お疲れ様、ミサキっ! ステージ、良かったわよ! 」


 「うん、ありがとう」


 音楽番組の撮影現場から控え室に帰ってきたミサキをアカネは片手のドリンクと共に出迎える。


 「今日の歌はどうだった? 満足できた? 」


 隣に椅子に座ったアカネが尋ねるとミサキは少しの沈黙を挟んで静かに答える。


 「どうかな… 前より良くなったけどちょっと声が出てないとことかあったし……」


 「そう…」


 自嘲する様に言ったミサキにアカネは静かに頷く。


 その後、お互い言葉を交わさず静寂な空間が部屋を包み込む。


 しかしアカネの問いがその静けさを破った。


 「でも、楽しかった? 」


 アカネの質問にミサキは一瞬、目が開く。そして少し考える素振りを見せた後、彼女は答えた。




 「すっごい楽しかった」



 

 目元を細め、優しく微笑む彼女の表情を見てアカネも


 「良かった」


 と返して、笑顔を向けた。


 ーーー沖縄から帰ってきてからと言うもの、ミサキは『完璧な歌』を成し遂げたわけでもなければ、Xのアンチの声が減ったわけでもない。


 しかし、アンチの声は消えないが、ミサキの笑顔は輝いていた。


 どんなにネットで叩かれても、歌い終わった時の彼女の表情は以前よりも明るく、生き生きとしていた。


 以前、アカネがその理由を尋ねた際、ミサキの返答は


 『音楽の楽しさをあの時教わったから』


 と言うものだった。


 その答えと笑顔が、アカネの心に残るーーー


 

 そして、控え室から出る際、アカネはミツキにある提案をした。


 「ねぇねぇ。来月、また沖縄に行かない? 」


 「え、沖縄に? もう夏過ぎたでしょ? 」


 「いいじゃない! 何回だって行きたいわよ! 」


 「それはまぁ、わかるけど」


 明るく笑うアカネとそれに合わせて微笑むミサキは旅行の行き先を提案し合う。


 「それでそれで? どこに行く? 」

 

 メモ帳を開いたアカネの質問にミサキは


 「えぇ…? まぁどこでもいいけど…」


 と、考えた末、静かに答えた。





 「夕暮れにはあの浜辺に行こっか。マジムンたちがいた、あの浜辺に」


 「もちろん! あの時もらった三線、忘れないでよね! 」



 〜Fin〜

 

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