はじめての食卓──遺跡の家で、ただいま
吹き抜けの広場を後にし、ユーリとアリエルは、崩れかけた柱の間を縫うようにして歩いていた。足元には細かな瓦礫が散らばり、かつてここに人の手が入っていた痕跡を静かに物語っている。
背後の《Shelter Unit_C》では、セラとルシアが夕食の準備を始めていたが──
「……気になる扉が、いくつかあったんだ」
ユーリは腰のホルスターに《GunSlash_Type-1》を携え、手に懐中型の照明装置を構えていた。進む先、やがて壁面に並ぶ三つの扉が現れる。
それぞれの扉には複雑なロック機構が取り付けられており、古びた操作パネルが壁に埋め込まれていた。
「こっちのパネル……通電してるな。タッチ反応あり」
ユーリがそっと指先を近づけると、淡く青い光が点滅した。
アリエルがそれを確認すると、すぐに周辺をスキャンし始めた。
「旧式ロック認証。アクセスキー不明。内部構造の解析は可能ですが、解除には時間を要します」
「やっぱり……一人で突っ込むのはよくないな。こういう時、セラの“何かを察する力”って役立つし、ルシアの魔法支援も心強いし」
ふと、ユーリはひとつ大きく息を吐いて、扉の前から一歩下がった。
「やっぱり……行くなら、みんなと一緒にしよう」
どこか、前よりも自然にそう思えるようになっていた。
旅は“ひとり”じゃない──それを、この短い時間で改めて実感したのだ。
そうして広場へ戻る途中のことだった。
──ぐぅぅぅ。
静寂の遺構に、妙に間の抜けた音が響いた。
ユーリがぴたりと足を止め、恥ずかしそうにお腹を押さえる。
「……お腹すいた」
「……」
アリエルがその横顔を見上げ、しばらく黙ってから問う。
「質問。……ヒトというのは、機能的に食料を補給しないと、正常に動作しなくなる構造体なのですか?」
「……まあ、ざっくり言えばそうなる」
「非効率ですね」
「やかましいわ」
くすりと笑いながら、ユーリは足早に歩き出した。
《Shelter Unit_C》の明かりが遠くに見える。その中には、きっと温かい匂いが待っている。
小さな笑いと共に、二人は再びその灯りのもとへと向かっていった。
◆ ◆ ◆
《Shelter Unit_C》の中。キッチンとダイニングが一体となった空間では、セラがエプロン姿で手際よく調理を進めていた。
「ルシア、次はこのソース……で、いいのよね?」
「うん、タイミングばっちり。火加減はそのままで……あっ、そうそう、香草は最後に入れるのがポイントよ」
ルシアは小さな羽をふわふわと揺らしながら、上空から的確な指示を出していた。まるで空中を飛ぶ料理指南書である。
セラは鍋の中をかき混ぜながら、目を輝かせていた。
「ふふ……まさか遺跡の中で、こんなにちゃんと料理できるなんて……」
天井のライティング、空調、換気装置、そして温度調整付きのコンロ。かつての文明の快適性は、薬草舗の台所とは比べものにならなかった。
完成した料理は順にダイニングテーブルに並べられていく。
ハーブ風味のローストチキン、グリル野菜の彩りプレート、濃厚なスープに、柔らかく炊き上がった穀物パン。小さなデザート用の果物の盛り合わせまで添えられた。
セラは腕まくりをして、テーブルを眺めてからそっと首をかしげた。
「……ちょっと、やりすぎちゃったかな……?」
テーブルには、二人分とは思えない品数の料理が彩りよく並んでいた。
ルシアはふよふよと浮かびながら微笑む。
「ユーリもセラも、育ちざかりなんだから。きっと全部食べられるわよ。たぶん……ね?」
そんなやりとりの中──
ポン、ドア開錠のシグナルが鳴り《Shelter Unit_C》のドアが開き、ユーリとアリエルが戻ってきた。
「ただいま──」
と、同時に、鼻をくすぐる香ばしい匂いがユーリを包む。
ぐぅぅぅぅ……
またしても、静寂を破ってユーリのお腹が主張した。
セラが驚いてこちらを振り向きユーリたちを迎える。
「おかえり、ユーリ。アリエルさんもおかえりなさい」
アリエルが目を瞬かせて一言。
「……非効率」
「お前、またそれか……!」
ユーリは顔を赤くしながら、にやけを隠せず、テーブルを見て思わず息を呑んだ。
「……これ、晩ごはんだよな? なんか……ごちそうじゃない?」
「ふふっ。作ってたら楽しくなっちゃって……つい」
セラは少し頬を染めながら、エプロンの裾を握った。
ルシアがすっとユーリの肩に乗って、耳元で囁く。
「ほら、立ってないで席に座りなさい。“おいしい時間”が始まるわよ」
ユーリは笑って頷き、空いた席に腰を下ろす。
こうして──古代遺跡の静寂の中、温かな夕食の時間が始まろうとしていた。




