市場通り──旅支度という名の”デート”
薬草舗の扉が静かに閉まり、エインクレストの市場通りへと続く小道に朝の光が差し込む。
「さてと……買い出し行こっか」
「うん、行こう!」
セラは少しだけ頬を染め、ユーリの隣に並ぶ。手には小さな革袋──旅に必要な資金をきちんと分けて持ってきたらしい。
ユーリの後ろでは、ふわふわと粒子を纏ったルシアがホバリングしていた。
「ちなみに言っておくと、あのアイテムボックス……」
「うん?」
「今入ってる荷物で、全容量の──そうね、ざっくり3%くらいしか使ってないわよ」
「……うそだろ」
思わず振り返るユーリに、ルシアは自慢げに笑った。
「まだまだ詰め込めるってこと。シェルターには冷蔵も冷凍もあるから、生の野菜や果物も保存可能よ。キッチンも搭載されてるから、調理もできるわ」
「旅先で……料理、できるの?」
「う、うん……でも、でも……それって、私が作るってことになるのかな?」
「任せていいなら、喜んで」
「うぅ……やっぱりそうなるよねぇ……」
セラは頭を抱えつつも、どこかうれしそうだった。
* * *
市場通りには、朝の喧騒が広がっていた。
天幕の下には薬草、香辛料、保存食、革製の旅装、果物や干し肉など、旅人向けの品がずらりと並ぶ。
「まずは薬草……それと、保存の効く食材も。ユーリ君、こっちの軟膏もあったほうがいいよ」
「うん、了解。……これ、回復速度に影響ある?」
「あるある、特に浅い傷ならかなり早く癒えるよ」
ユーリが財布を取り出しかけると、セラがぴしゃりと手を押さえた。
「今は私が買う番。割り勘って言ったでしょ?」
「お、おう……はい……」
押し切られたユーリは小さくため息を吐きつつも、なんとなくそのやり取りが心地よかった。
次に訪れたのは装備品の並ぶ露店。
「ユーリって、旅の服装あれでいいの?」
「まあ、動きやすいし……」
「ダメ!はい、こっち試着して!」
「へっ?」
セラが手に取ったのは、深い緑を基調にしたロングジャケットと、機能的な黒のインナーセット。
「似合うと思うから、はい、試着室行って!」
押し込まれたユーリが出てくると、セラがぱちぱちと拍手をした。
「おお……悪くない。うん、かっこいい」
「そ、そうか? なんか照れるな……」
「じゃあこれ、買いまーす!」
「お、おい!?」
「えへへ、今度は私の番ってことで!」
逆にユーリが選ぼうとしたら、セラは真っ赤になって首を振った。
「えっ、わ、私の服は、ほら、予算が……っ」
「言い出しっぺがそれでいいのか?」
「うぐぅ……やっぱり私も選ばれるの、恥ずかしい……!」
そのやりとりを見ていた周囲の店主たちから、ひそひそとした声が聞こえてくる。
「あら、いいわねぇ……」
「青春ってやつかしら」
「うちの息子もあれくらい素直になればいいのにねぇ」
思わず顔を真っ赤にするセラ。ユーリはというと、案外平然としていて──
「……そんなに、変に見えるかな?」
「むしろ堂々としててずるいよ……!」
言いながらもセラの声にはどこか笑みが混ざっていた。
* * *
昼過ぎ、市場の一角の果物屋でユーリが袋詰めのリンゴを手に取っていると、セラがぽつりとつぶやいた。
「……なんだか、初めてじゃないみたい」
「何が?」
「こうやって、一緒に歩いて、買い物して。昔からこうしてたような……そんな気がするの」
ユーリは立ち止まり、隣に並んだセラの手をそっと見つめる。
「じゃあ、これから何度もやろう」
「……え?」
「旅支度も、街歩きも、いつか別の国でも──何度だって、一緒に」
セラの目が見開かれ、ほんのりと潤む。
「も、もう……ずるいよ、そういうの……」
小さくつぶやいたあと、セラはユーリの腕にそっと自分の手を添えた。
「じゃあ、今日の旅支度……最後まで、付き合ってもらうからね?」
「もちろん」
まだ見ぬ旅路に向けて──二人の準備は、確かに始まっていた。




