祖父の遺言──継がれる希望と装置
制御中核ユニットに触れると淡く発光し、空間に光の線が立ち上がる。
その光はやがて輪郭を描き、やや背の高い老年の男の姿を形成した。
深く刻まれた眉間の皺。白髪のポニーテール。まっすぐユーリを見つめる目。
「よぉ、ユーリ。……いや、“ユーリ”で合ってるか?」
老年の男──エルド・アルヴェインは、かすかに笑った。
「もしこのメッセージが再生されているなら、君はもう“接続”に成功したということだ。……ならばまず、ようこそだな。我が孫よ」
ユーリはただ、言葉を失って立ち尽くすしかなかった。
それは間違いなく、物心ついた頃に村の者から聞いていた“祖父”の名だった。
「君がこれを見るのは、いつになるかは分からない。もしかしたら幼い頃かもしれないし、あるいは成人しているかもな……。だが、私は信じていた。君ならきっと、この遺産を起動できると」
祖父のホログラムは軽く手をかざし、背後に幾重もの光のウィンドウを展開させる。
「これは、かつて残された技術のひとつ──“Chat Form”と呼ばれた汎用制御インターフェースだ。
神でも、魔でもない。ただの機構……だが、私は思う。これは、世界を繋ぐ“声”だと」
ユーリの胸が高鳴った。
この世界の魔法とは、どこか仕組みが似ているようで、違う。そこには、明確な“論理”と“構造”がある──まるで、コードのように。
「……この星は、ずっと昔に“何か”を失ったんだよ。
それを“滅び”と呼ぶ者もいれば、“再起動”と捉える者もいた。
君が暮らすあの村の地中にも、かつての営みの痕跡が眠っているはずだ。
私たちは、その上で暮らしている──気づかぬままにな」
「だが希望は残された。情報は、意志は、断片的でも残る。
道具も、支援AIも、記録も──継ぐ者さえいれば、繋がる」
「私は願っていた。君が、それをただの“装置”としてではなく、
誰かと何かを繋ぐ“意味”として受け取ってくれることを──」
エルドのホログラムはふと、真剣な眼差しで前を見つめた。
「私は君に、この星の“本当の姿”を見てほしいと思っている。
もし、君がそれを望むなら──これを託そう」
光が集まり、ホログラムの胸元から金属質の装置がせり出してくる。
まるで空間から取り出されたかのように── 一枚のカードが現れた。
表面にはコードのようなラインと、淡く光るチップ。
ユーリが手を伸ばすと、それはぴたりと掌に収まり、ぬくもりを感じさせた。
「このカードには、昔どこかで手に入れた古い装置を参考に、必要最低限の支援機能を封じ込めた。
中身は……まぁ、君が開ければ分かる。時代を超えた“道具箱”さ。きっと役に立つ」
「君が旅立つときに不自由しないように──そう願って、私はこれを残した」
ホログラムの祖父は、最後に微笑んだ。
「ユーリ。世界は君を試すだろう。だが恐れるな。知ることを恐れず、声を届けろ。……それが“Chat Form”の本質なのだから」
「では、またどこかで。私の、小さな希望よ」
光が収束し、ホログラムは消えた。
部屋には静寂が戻り、ただユーリの掌に残るカードだけが、小さく輝いていた。