継承される鍵──遺構ネットワークの目覚め
祠の地下施設に、再び静けさが戻った。
番人機構は、安全モードに移行したまま、動かない。
しかしその瞳──センサーの光は、確かにユーリを見ていた。赤く警戒色に染まっていたそれは、いまは淡い白光で、かすかに揺れている。
「コアの再接続、安定してる……今なら深層認証まで試せるかも」
ルシアがユーリの肩越しに浮遊しながら言った。
「ほんとに……“通っちゃう”んだな、じいちゃんのID」
「あなたと遺構の“親和率”が高いのは、単なる偶然じゃないわ。これはもう、適性……というより、“選ばれた”ものね」
ユーリは膝をつき、番人機構の胸部に手を当てた。
「再接続、進めるよ。ルシア、協調演算に入って」
「ええ。同期開始──」
魔導書のスクリプトウィンドウが光を放ち、複数の構文行が自動的に入力されていく。
>> Core_Sync: phase_2
>> Deep_Link_Request(Guardian_Unit_07)
>> Confirmed: Legacy_ID [Eld_Alvein.1]
>> Designate_User: Yuri_Alvein
>> Transfer: Sub_Node_Key
ピッ、という小さな音。
番人機構の胸部から、小型の立方体デバイスが現れ、音もなく浮かび上がった。
光を帯びたその“鍵”には、古代語でこう記されていた。
[Node_Key_ID: 07-A]
(ノードキーID:07-A)
[Function: Sub-Network Access / Command Delegation]
(機能:サブネットワークアクセス/指令移譲)
「これって……ノードネットワークの、アクセスキー?」
「そう。大陸全体に広がっていた、古代通信・魔導制御ネットワークの一部……その“第7番目の区画”への管理権限。おそらく、君のおじいさんが一時的に所有していたものが、今──君に継承されたの」
ルシアの声に、グレンとカイがざわめく。
「管理権限ってことは、ここ全部……?」
「今の段階では、“一部”。ただし──遺構に接続された中枢系や、番人ユニットの直接制御が可能なレベルよ」
カプセルの背後の壁が、機械音と共に開いた。
奥には、ホログラムパネルがいくつも浮かび、中央にある円形台座には、かつて誰かが立っていたような痕跡が残っていた。
「おそらく……この台座に立つことで、“接続者”は遺構全体の現在状態と、周辺ノードとのリンク状況を確認できたんだと思う」
ヘルムが息を呑み、敬意を込めた声で続ける。
「こんなものが、森の奥に……これほどまでに残されていたとは」
ユーリは立方体の鍵をそっと手に取り、台座の中心部に差し込んだ。
カチリという音と共に、台座の縁が淡く光を放つ。
>> Sub_Node_07: Reactivation
>> Scanning connected Nodes…
>> 3 Node Signatures Detected
>> Status: Dormant (x2) / Corrupted (x1)
「三つのノードが反応……?」
「ノード07が再起動したことで、隣接したノードが波及的に反応したの。だけど……」
「“Corrupted(破損)”って……?」
「おそらく、かつての戦いや事故で完全に損壊してる。“敵対化”の可能性も含むわ」
ユーリの背筋に、冷たいものが走った。
もしそれが“敵対化したノード”なら──番人ユニットのような存在が、制御されずに動いているかもしれない。
そのとき、番人機構がゆっくりと立ち上がった。
再び戦闘体勢に──ではない。今度は、穏やかな動作だった。
"Designate user detected. Voice registration available."
(使用者指定を確認。音声による命名を受け付け可能です)
ホログラムウィンドウに文字が浮かぶ。
ユーリは数秒考え──そして、口にした。
「……アリエル。アリエルって名前にしよう」
"Name confirmed. Unit designation: ARIEL."
(命名を確認。ユニット名:アリエル)
番人機構──アリエルは、かすかに頷いたように見えた。
その所作は、機械というよりも、まるで意志を持つ“個”のようで──
「これで、お前はもう“道具”じゃない。俺たちの仲間だ」
ユーリが手を差し出す。
アリエルの手が、ゆっくりとそれを握り返した。
「おいおい、こうもすんなり懐かれたら、今までの苦労が嘘みてぇだな」
グレンが苦笑し、エフィも「……でも、悪くない」とぼそりとつぶやいた。
"Node 07 successfully activated. User inheritance complete."
(ノード07、起動成功。)
"Peripheral node communication... not yet established."
(ユーザー継承、完了。周辺ノードとの連絡手段──未構築)
「けど、俺たちは繋がった。じいちゃんの遺した“鍵”と、この世界の“奥底”に」
ノード07──森の番人が目覚めたことで、眠っていた古代遺構ネットワークは、静かに再起動を始めていた。




