起動エラー──暴走する番人機構
静寂の中、番人機構はコアの奥で静かに脈動していた。
膝をついた姿勢のまま、微弱な光が胸部から断続的に漏れている。赤から青へ、そして淡い白へと、まるで呼吸のように色を変えながら──。
「完全停止じゃない……でも、今は敵じゃないな」
グレンが斧を肩に担ぎながら慎重に距離を詰める。
「この状態を維持できれば、“制御の可能性”は高い。じいちゃんのIDが残ってたのは奇跡だな……」
ユーリが魔導書を開き、再び構文ログを呼び出す。
>> auth_key: TEMP_ACCEPTED
>> privilege_level: LIMITED_USER
>> core_sync: 32.1%
>> interface_status: idle (awaiting directive)
「ルシア、内部コアの安定度は?」
「今は穏やか。でも……気になる動きがある」
「動き?」
「ええ。“外部からの信号”が断続的に届いてるの。このユニットだけじゃない……この遺跡全体に何かが“干渉”してきてる」
「干渉……誰かが、別の場所からアクセスを試みてるってこと?」
「それも、“上位権限”で。しかも、この子の中に“矛盾した命令”が同時に存在してる」
突如──
番人機構の全身がびくりと震えた。
センサーが再び赤く灯り、胸部の光が青から紫へと転じる。音もなく、内部で再起動のサイクルが始まっていた。
「だめ、反応が戻ってきてる! 何かが……書き換えてる!」
「停止命令を上書きされてるってことか!」
ヘルムが即座に警戒を強める。
その瞬間、空間全体に警告ホログラムが一斉に投影された。
[EXTERNAL COMMAND AUTH: HIGH-LEVEL OVERRIDE]
(外部コマンド認証:高位権限によるオーバーライド)
[SYSTEM PRIORITY: RESTRUCTURING DETECTED]
(システム優先順位の再編成を検出)
[SAFEGUARD PROTOCOL: NULLIFIED]
(セーフガード・プロトコル失効)
[GUARDIAN UNIT: FORCED TRANSITION TO COMBAT PROTOCOL 7]
(番人機構:第七戦闘プロトコルに強制移行)
再び、ユニットが立ち上がる。
その動きはさっきまでのような警戒ではない。まるで、戦場の指令を受けた兵器のように、明確で、機械的だった。
[AUTHENTICATION ERROR: COMMAND SOURCE CONFLICT DETECTED]
(認証エラー:指令ソースの衝突を確認)
[REBUILD MODE: ACTIVATED]
(再構築モード起動)
電子音のような声とともに、腕部の装甲が開き、内蔵された砲身が展開される。
「っ──来るぞ!」
「皆、回避行動を!」
番人機構の左腕が光を帯びた瞬間──魔力収束砲が直線状に放たれ、遺構の柱が一本吹き飛んだ。
石と金属が混ざり合った破片が空間を裂く。全員が床に身を投げ出し、爆風をやり過ごした。
「こっちがコントロールしてたユニットを……上書きで再起動させるなんて……!」
ルシアが苛立ちをあらわにする。
「これ、外部操作じゃないわ。“この施設のどこか”に、まだ稼働してる上位制御中枢がある!」
「別のAIユニット……?」
「あるいは、自動防衛プログラムの一部。いずれにしても──このままじゃ、もう一度撃たれる!」
ユーリは魔導書のスクリプトウィンドウを操作しながら叫ぶ。
「ルシア、緊急プロトコル切り替え! さっきのIDを再送して、番人機構の“コア接続”を一時的に奪えるか!?」
「やってみる!」
>> force.auth(“Eld_Alvein_Legacy”)
>> override_pulse = TRUE
>> sync_attempt: [Node_07 Guardian Core]
>> result: …pending…
「急いで! こっちに照準きてる!」
番人機構の右手が持ち上がり、今度は刃のように鋭く変形した。
魔力の刃──空気が裂けるような音がした瞬間、カイとグレンが左右から突進して斬撃を受け止めた。
「重い……!」
「くそっ、こいつ本気だ!」
「っ、いけ──今だッ!」
ユーリが叫んだと同時に、魔導書が爆発的に輝く。
内部から噴き出した古代語の光条が番人ユニットの胸部を貫き、一瞬、その動きを止めた。
>> sync.result: SUCCESS
>> TEMP_OVERRIDE_GRANTED
>> guardian.core = reboot(safe_mode)
番人機構が再び膝をつき、砲身と刃が格納される。
赤だったセンサーが、今度は淡い白に変わった。
「止まった……!」
カイが息を切らせながら叫ぶ。
「制御、奪取完了。コアの深層部分に再接続。今は──僕たちが主導権を握ってる!」
「うまくいったのね……!」
ルシアの声に安堵がにじむ。
ユーリはユニットのそばに歩み寄り、静かに手を伸ばした。
「もう、大丈夫だ。……お前は、守るために造られたんだろ?」
その言葉に呼応するように、番人機構のセンサーが瞬いた。
戦闘ユニットの中に、“わずかに芽生えた感情”のような揺らぎが──確かに、そこにあった。




