伝令──森からの異常報告
冒険者ギルド《エインクレスト支部》は、昼を過ぎた頃でも混雑していた。
だが今日に限っては、ざわつきの質が違う。
不穏な空気が場を満たしていた。
「……なんだ、この雰囲気」
ユーリは扉を開けて足を踏み入れた瞬間、肌を刺すような視線を感じた。
集まっていた冒険者たちのほとんどが、広間中央の掲示板付近に集まり、ざわざわと押し殺した声で話し込んでいる。
魔物討伐の情報、危険地帯の拡大予測、森の異変──そんな単語が飛び交っていた。
(……やっぱり、何かが起きてる)
ギルドの建物は頑丈な石造りで、天井には魔導ランプが吊られている。その静かな光の中に、どこか不安を煽るような緊迫感が漂っていた。
「……ユーリくん?」
受付カウンターの奥から、やわらかい声が聞こえた。
振り向くと、そこにはカリナが立っていた。
ギルドの制服をきちんと着こなし、胸元に金色の資格章を留めたその女性は、今日もどこか落ち着いた笑みを浮かべている。
栗色の髪を後ろでまとめ、包み込むような瞳でこちらを見ていた。
「来てくれてよかった……。もしかして、森の件で?」
「はい。薬草舗の方に伝令が来て……」
「そう。……やっぱり状況が広がってきたのね」
カリナは小さく息をつき、手元の報告書を確認しながらユーリに顔を向けた。
「東側の森に異常な魔力反応が発生しているの。地脈の流れが乱れて、植物の急成長や、魔物の変異も確認されてる。すでに数名の冒険者が現地から引き返してきて……それぞれ軽い怪我もしているわ」
「変異って……具体的には?」
「牙が異常に伸びたり、皮膚が硬質化したり。環境への適応というより、何かに“感染”してるような印象だそうよ」
ユーリは黙ってうなずいた。
「まだ調査段階だけど、このままだと街にも影響が出る。だから、ギルドとしても調査隊の編成を検討中。もうすぐ、ギルドマスター代理が公式発表をする予定よ」
「……僕、何か手伝えることありますか?」
ユーリの問いに、カリナはふっと優しく笑った。
「ふふ、ほんとに頼もしいのね、ユーリくんは」
「え、そ、そうですか?」
「うん。だけど──」
カリナはカウンターから出てきて、そっとユーリの肩に手を置いた。
大人の女性らしい、柔らかく包み込むような手つきだった。
「まだ十五歳でしょ? 冒険者ランクもD。こういう大きな任務では、無理は禁物よ」
「でも、僕……ただの村人だった頃より、ずっと力もついて……魔法だって、前より上手く……」
カリナはユーリの言葉を静かに聞いていた。
そのあとで、小さく微笑みながら──
「ええ、わかってる。ユーリくんはね、本当にすごい子。いつも一生懸命で、自分より人のことを考えてる」
言葉が詰まる。
どこかで“まだ子供だから”と線を引かれると思っていた。けれど、カリナの言葉はそうではなかった。
「……だから、お願い。誰かのために動くなら、自分のこともちゃんと大事にして。それが、冒険者として大切なことよ」
「……うん。ありがとう、カリナさん」
ふっと笑うと、カリナはユーリの頭をぽんぽんと軽く撫でた。
「かわいい弟みたいな存在なんだから、心配するに決まってるでしょ?」
「……うぐ」
そんな風に言われてしまうと、なんだか妙に気恥ずかしい。
(弟……か。まあ、そうだよな……)
頭をかきながら視線をそらすユーリに、カリナはくすっと笑った。
「でもね、そんなあなたが、どう行動するか……私、ちゃんと見てるから」
その言葉に、ユーリの胸の奥がぽっと熱を帯びた。
そのとき、ギルド内のホールに鐘の音が響いた。
壇上に立ったのは、分厚い鎧を肩にかけた初老の男。ギルドマスター代理・ガンゾーだ。
「全冒険者に告ぐ! ただいまより、東の森における汚染拡大に関する緊急説明を開始する!」
その声に、ギルドの空気がピンと張り詰めた。
ユーリは視線を壇上に向ける。そして、静かに一歩を踏み出した。




