帰還──仄かな灯と薬草舗の午後
地上へと続く長い階段を、ユーリとセラは黙ったまま登っていた。
地下に眠っていた封印区画と白百合型演算装置《Seraph-Tuner》。そこに残されていたのは、かつてこの世界に存在した“何か”の痕跡──いや、まだそれが終わっていないことを示す、静かなる警鐘だった。
「……外の空気、ひさしぶり」
セラが階段の上で、振り返って小さく笑った。淡い陽光が彼女の栗色の三つ編みをやわらかく照らし、埃まみれの服さえ少しだけ神聖に見えた。
「ああ。……でも、なんだか妙に眩しいな」
ユーリは頭を軽く振って外に出る。薬草舗の裏庭に通じる隠し扉が音を立てて開き、夕暮れ前の暖かな風がふたりを包んだ。
* * *
「おかえり、おふたりさん。思ったより早かったじゃないか」
店内に戻ると、メイリンが椅子に腰かけたまま手を振った。カウンターの上には煮込みスープとパンが用意されている。
「下の気圧と湿度じゃ、そろそろおなかも空くでしょ? 少しは休んでいきな」
「ありがとうございます、メイリンさん」
セラが素直に礼を述べ、席に着く。その隣にユーリも腰を下ろした。冒険帰りとは思えないほど静かな、穏やかな時間が流れていた。
「ふふ……」
突然、メイリンがニヤニヤと笑い出す。
「な、なんですか?」
セラが怪訝そうに眉をひそめた。
「いやねぇ。二人の雰囲気が、こう……うん、いいねぇ、若いって」
「わ、わかくて結構ですけど……別に、そういうのじゃ」
「違うの?」
ユーリの問いに、セラはカッと顔を赤くした。
「ち、ちがいますっ! もう、ユーリも何言ってるの……!」
「え、俺?!」
会話のやりとりを聞きながら、メイリンは愉快そうに肩を揺らして笑っている。
「まあまあ。そうやって照れてる時点で、ね? こっちは気づいてないフリするのも大変なんだから」
セラは手元のスープを凝視して黙り込み、ユーリも言葉をなくす。薬草の香りとスープの湯気の中、ほんのりと熱を帯びた空気が広がっていた。
そのときだった。
「た、大変だァーっ!」
薬草舗の扉が乱暴に開かれ、見慣れた農夫姿の街人が息を切らして駆け込んできた。
「メイリンさん、セラちゃん、聞いてくれ!森が……森が変なんだ!」
「落ち着いて、何があったの?」
セラが席を立ち、男に駆け寄る。男の額には汗が滲み、目は血走っていた。
「東の森のあたり……あそこ、元々薬草取りが多い場所だったんだが、今朝から様子がおかしい。木が、異様に育ってるし、魔物が……! 魔物が変わっちまってる!」
「魔物が……変異?」
ユーリが立ち上がった。
「おい、それ本当か? どんな様子だった?」
「ああ、あれは……普通じゃねえ。牙が変な風に伸びてたり、背中に瘤みたいなもんができてたり……。今まで見たことのねぇ姿だった。こりゃ何かが起きてる。あの森に、何か……!」
セラがユーリの方を振り返る。
「ユーリ……」
「ああ、俺、行ってくる。ギルドで状況を確認しないと」
「でも、あなた──」
セラの言葉をさえぎるように、メイリンが手をひらひらと振った。
「いいさ、セラ。男の子ってのは、こういう時に飛び出したがるもんだよ。なあ、若いっていいだろう?」
「もう……メイリンさん!」
セラは顔を真っ赤にしながらも、黙ってユーリを見つめていた。
「すぐ戻る。……無理はしないから」
そう言い残し、ユーリは薬草舗の扉を後にした。
向かう先は、冒険者ギルド。
今、森で何が起きているのかを確かめるために──。




