白百合、咲き誇る戦場で──セラ、初陣の歌
静寂を破ったのは、地下に響く低く唸るような駆動音だった。
カッ──ン……ギュオオオォォ……
それは、施設の奥――区域G-2の方向から聞こえてきた。
長く眠っていた鋼鉄が、今まさに目覚め、軋むように体を動かし始めた音だ。
「反応を確認。格納ユニット、内部動作を開始しています」
ルシアが警告を発する。粒子の光が警戒色に変わっていた。
「さっきの表示……自律兵装ユニットって言ってたよな」
ユーリが端末を睨む。
『旧式型ゴーレム・バージョンC3。戦闘能力は現代の騎士階級中級相当。自律防衛判断あり』
「要するに、“侵入者”と判定されたんだ」
そのとき──突如、施設内の警告灯が赤く点滅を始めた。
警告:防衛機構、作動準備中。アクセス権限照合中……認証失敗
「やばい……!」
「セラ! 後ろに!」
突然、通路が閉じ、ユーリとセラは別の部屋に隔離される。
自動封鎖壁が降りる音と同時に、部屋の奥で何かが動いた。
ゴウン……ギィィィン……シャァァン……
セラの足がすくむ。
そこに現れたのは、巨大な金属の巨人だった。
無機質な顔面、片腕は剣のように変形し、もう片方は魔導術式を刻んだ大盾。
関節から漏れる微光は、演算核がまだ機能していることを示していた。
「これは……ゴーレム……っ!」
『敵性判定中──完了。侵入者認定。排除行動開始』
セラの頭の中に、冷たい声が響いた。
次の瞬間、ゴーレムが動いた。
ドン──ッ!!
地を揺るがす突進。石床が砕ける。
セラは咄嗟に《リリィ・アリア》を前に突き出した。
花弁が一枚、光を放ちながら展開され、前方に薄いシールドが形成される。
ギィィンッッ!!
盾に叩きつけられた刃が跳ね返されるも、セラの腕には衝撃が伝わる。
「くっ……!」
『支援型ユニット“リリィ・アリア”、戦闘演算モードに移行。花弁ユニット:自律展開可能。使用許可を』
「はい……! 展開、許可します!」
その声とともに、白百合の杖の先端から、光の花弁が宙に舞い上がる。
6枚の花弁が浮遊し、セラを中心に円軌道を描き始める。
『自律ペタル、配置完了。シールドモードと追尾モード、同時展開可能です』
セラは、思わず息を呑んだ。
《リリィ・アリア》はただの杖じゃない。これは……戦場で動く、歌う武装。
「……私、できるかな」
「セラ、落ち着け! 歌を思い出せ!」
ルシアの声が頭の中に届く。
「この武装は、“君の心と旋律”に応じて動く! 君が震えていたら、きっとそれも震える!」
セラは、きゅっと杖を抱きしめた。
「……震えてなんか……ない」
目を閉じる。
彼女の中に、歌が戻ってくる。
♪──しろきゆり つばさひろげて たたかいをしらぬ ちからのうた──♪
その瞬間、ペタルユニットが光を放ち、追尾モードへと変化する。
セラの意志に応じて、二枚が前へと飛び出し、ゴーレムの関節部に向けて魔力光弾を発射した。
バシュッ……バシュッ!
直撃。ゴーレムがよろめく。
しかし、まだ倒れない。
『敵性ユニット、戦闘機能保持。さらなる攻撃が必要です』
セラは、杖を強く握った。
「なら……もっと、歌うよ」
花が咲くように、リリィ・アリアが再びその光を拡げていく。
これは、ただの祈りじゃない。
これは、戦うための旋律――白百合の初陣だった。




