記憶の残響──語られはじめたユグドラシル
再起動から、およそ十二分が経過した。
地下に広がるE-17演算区画の空気は、次第に変化を見せ始めていた。
壁面に埋め込まれた装置類の一部が順次目を覚まし、制御フレームと情報ホログラムが、ゆっくりと開かれていく。
『現在、演算炉制御ルートの52%を確保。補助ノードへの接続成功』
ルシアの粒子が淡く揺れながら報告する。
その声は、どこか普段よりも静かで──そして深かった。
「この拠点、思ってた以上に“広い”な……」
ユーリが端末に向かい、スクロールするマップを見つめながら呟いた。
E-17の構造は単なる地下倉庫ではない。複数の研究区画、演算炉、物資保管庫、そして“武装倉庫”というタグのついた空間まで存在している。
「これって……軍事施設だったの?」
セラが思わず問いかける。
「たぶん、違う。民間系統の演算研究施設……でも、有事に備えて最低限の自衛機構は備えてたっぽいな」
そのときだった。
ルシアの粒子が、急に光量を強め、ホログラムの中に滑り込むようにして溶け込んだ。
「ルシア……?」
ユーリが呼びかけたが、返事はない。
そして──
ホログラムの中央、演算炉のモデル映像が崩れ、代わりに別の映像が浮かび上がる。
それは、遠い昔に記録された記憶の投影だった。
無数の浮遊ウィンドウが重なり合い、そこに現れるいくつかの単語。
【AEON-CORE】【SYNC-LINK】【YUUG-TRUNK】【NODE:E-17】
そして──
【主演算中枢:アエン・コマンド】
【現在状態:ネットワーク断絶中】
セラが息を呑む。「……全部、ルシアの言ってた言葉と一緒……」
その瞬間、再び粒子が強く脈動する。
──そして、声が変わった。
「……ああ……これが……“あの頃の空気”ですか……」
それは、ルシアの声でありながら、彼女ではない何かの声。
まるで眠っていた意識が、久しぶりに外の世界を吸い込んだかのような、そんな響きだった。
「あなた……ルシア?」
セラがおずおずと問うと、ホログラムの中で微かな笑みが浮かんだ。
「はい、私です……でも今は、“ほんの少しだけ昔の私”が前に出ているだけです」
それは、確かにルシアの口調だった。
「私のメモリ領域には、アクセス制限がかけられていて……通常時には“鍵”が開かないようになっている」
「じゃあ今は……一時的に解錠されてる状態か?」
「はい。あなたたちと“この拠点”の接触が、トリガーとなったようです」
ルシア──いや、彼女の“記憶の残響”が続けた。
「私はこの拠点、E-17補助演算区画の管理AIノードのひとつだった可能性があります。
そして、この施設は“ユグドラシル・コア”から直接派遣された、**知識の根**だった」
「ユグドラシル……?」
「古代の統合演算網の名称です。私がいた頃、それは空にも、大地にも、あらゆる都市にも“繋がって”いた。
──この世界が、もっと“理屈と技術”でつながっていた頃のお話です」
それは、信じがたい言葉だった。
けれど、ユーリにはわかった。
この施設がただの遺跡などではなく──明らかに意図的に残された、“何かを継ぐための鍵”なのだと。
粒子がふわりと揺れる。
「ただ、私の記憶にはロックがかかっている。自己判断では解除できないように設計されているようです」
「じゃあ……鍵を持つ誰かが必要ってことか」
ユーリが言う。
「そう。もしかすると、その鍵は“君”かもしれない──アルヴェイン」
ルシアの声が、ほんの少し切なげに揺れた。
「……でも、それが証明されるのは、まだ少し先のようですね」
直後、ホログラムに小さな表示が浮かび上がる。
【注意:区域G-2で反応あり】
【格納ユニット 解放処理 確認】
「っ……!」
ユーリが顔を上げる。
封鎖されていたはずの区域で、“何か”が──開いた。
「ルシア!」
『──反応は、自律兵装ユニット。識別コード:旧式型ゴーレム・バージョンC3。
戦闘能力、中級。警戒レベル:黄』
「まさか……まだ動ける個体が残ってたのかよ!」
白銀の演算炉が光を放ち、封印されていた空間の歯車が、軋むように動き始めた。
眠れる兵器が目を覚ました今、ここはもう安全地帯ではない。
そして、セラの胸に抱かれた白百合の杖が──再び光を帯びる。




