制御区画E-17──目覚める旧時代の回路
地下は、静かだった。
まるで時間そのものが封印されていたかのような空間。灰色の石壁に囲まれた施設には、遠い時代の匂いが染みついていた。
その中心にあるのが、《第3同期拠点:補助演算区画E-17》──かつてこの世界に存在した高度演算網の、枝のひとつ。
「……ここを“再起動”できれば、この街がどういう場所だったのか、もっと掴めるはず」
ユーリは、魔導書とルシアの粒子を照らし合わせながら、ホログラム化された回路図をじっと見つめていた。
「でも、本当に動くの? ここ、ずっと閉ざされてたんでしょ?」
セラが不安そうに後ろから覗き込む。その手には、彼女の相棒──《リリィ・アリア》が抱えられていた。
白百合型の先端は閉じたままだが、魔力回路はかすかに光を放ち、今にも目を覚ましそうだった。
「動かすさ。……じいちゃんなら、間違いなくここも調べてた」
ユーリは魔導書のページをめくる。
そこには“災害時緊急起動手順”の一文とともに、手書きの注釈が添えられていた。
『E系列拠点の演算炉は、外部入力型。通常の魔力供給では起動せず。
コード生成炉を使い、詠唱構文に接続せよ──歌に乗せろ、命令を』
「つまり、《リリィ・アリア》を通して“歌=コマンド”を送れば、起動信号に置き換えられるってことか」
「それ、私がやるの?」
セラがきょとんとする。
「うん。君しかできないと思う」
ユーリは台座の前に座り、クリスタルソケットに仮接続されたエネルギーコアを取り付ける。
ルシアの粒子がその上に集まり、解析フレームを起動した。
『臨時動力ルート確保。演算炉:スタンバイモード突入』
「よし、セラ。お願いできるか?」
「……うん」
セラは深呼吸し、胸に手を当てた。
そっと目を閉じて、詠唱を──いや、“歌”を紡ぎはじめる。
♪──ひかりのゆり、ねむれるまほう ときのはざまをこえて いま めざめて──♪
その瞬間、杖のクリスタルが脈打ち、先端の白百合がふわりと開く。
演算補助モード、起動。
『音声波長、詠唱コード認証。コマンド群転送中──演算炉、起動開始』
ゴゥン……ギュルルル……カチカチッ……ギイィン……
地下に響き渡る重低音。中央の台座に光が走り、ホログラム画面が次々と展開されていく。
「……動いた」
ユーリは息を飲む。
「これが……かつての研究拠点。まだ、残ってたんだな」
ルシアが淡く光を放ちながら言う。
『E-17制御中枢に接続完了。私の粒子群が構造認識を進行中。現在、施設の31%が解析済み』
「31%でこれだけの制御……?」
セラが目を見開く。
「いや、むしろそれだけ“遺されてる”ってことだよ」
ユーリは、台座の端末に触れながら、データの洪水をじっと見つめた。
だが、その中に──一つだけ、妙なものがあった。
『警告:管制サブノードより送信信号あり』
『格納ユニット内エラー発生中。識別:防衛機構……?』
「防衛……機構?」
ルシアの光が、かすかに震えた。
「この拠点……何かを、守ってる?」
地下の空気が、ひとつ震えた。
今、長く眠っていた施設が目を覚まし、
それに反応する何かが──こちらに気づいた。




