モジュール登録完了──君の名は《リリィ・アリア》
静寂が、店内を包む。
セラは、装置の前に立ち、そっと目を閉じた。
その小さな体から放たれるのは、清らかな響き。
♪――てんにさく、しろきゆり こえはひかりをまとい、やみにとどけ――♪
祈りのようでいて、どこか命令のような響きを含む旋律。
歌が放たれた瞬間、円筒型の装置の表面が脈動を始めた。
「反応開始。詠唱波長、一致しました」
ルシアの粒子がきらりと光り、装置の側面にホログラムが浮かび上がる。
それは、古代語の詠唱式。そして──中央部に刻まれていた花の紋章が、ゆっくりと光を帯びる。
カシュッ……ガチャガチャッ……ギィィン……
機械音が静かに空気を震わせ、装置の上部が展開していく。
6枚の白銀のパネルが中央からゆっくりと放射上に動き出し、花の花弁のように開いていく。
「これが……本当に、開いた……!」
メイリンが驚きと感動をない交ぜにした声で呟く。
そして、その中央。
眠るように安置されていたのは、一本の長杖だった。
白銀の軸に淡い魔力の回路が走る。杖の長さは、セラの身長とほぼ同じ。
表面には無数の ”歌詞コード(ルーン)” が刻まれており、それがセラの歌声に応じて淡く光っていた。
先端部は、まだ閉じた白百合の蕾の形状。
その中央には、虹色にきらめくクリスタルコアが眠っている。
「これ……武器、なの?」
セラが呟く。だが、そこに感じられるのは威圧でも殺気でもない。
むしろ、懐かしさ。呼ばれた気配。
「違う。これは“応えるための杖”だ」
ユーリがゆっくりと言った。
「君の歌と、信じる力に応える道具──きっと、そういうものだ」
セラは、そっと手を伸ばし、その杖を両手で優しく抱きしめた。
――その瞬間。
白百合の花弁が咲いた。
ゆっくりと、6枚の白い花弁が展開し、中心の虹色コアが起動する。
中央に浮かび上がるのは、黄金の光でできた“天使の輪”。
「ホログラムリング出現。神聖詠唱モード、初期化中。正式名称:《Seraph-Tuner》、分類:白百合型・神聖演算長杖型ユニット」
ルシアの冷静な声が店内に響く。
セラは目を見開いたまま、震える声で言葉を紡いだ。
「……リリィ・アリア」
杖を見つめながら、柔らかな声で。
「白百合の旋律。私の歌に応えてくれた、この子に……そう、呼ばせてあげたい」
光が応えるように、杖のクリスタルが脈動した。
まるでその名を“喜んで受け入れた”かのように。
「名前、登録します」
ルシアが静かに告げた。「モジュール《リリィ・アリア》、ユーザー:セラ・ルディアに紐づけ完了」
杖を抱くセラの姿は、どこか神聖で──
いや、本当に、天使のようだった。
メイリンが、静かに目元を拭う。
「……三十年、誰にも開けなかったものを……まさか、あの子の歌が鍵だったなんてねぇ」
「これは“奇跡”じゃない。これは……技術だ」
ユーリがゆっくりと呟いた。
「だけど、それを“信じて歌える”心が、奇跡を起こしたんだ」
《リリィ・アリア》──それは、ただの武装ではない。
歌と想いが交差する、神聖な演算の杖。
少女と装置は、今この瞬間、強く結ばれた。




