ありがとうの共鳴──変わり始めた心と粒子
夕暮れのエインクレスト。
ユーリとセラは迷いの森からの帰還報告のため、冒険者ギルドのカウンターへと向かった。
受付嬢のクラリスが目を見開いた。
「お二人とも……無事だったんですね! 今朝方、同じ依頼を受けたパーティが撤退して戻ってきたんです。敵が“異常強化”されているって……」
「それ、当たりです。今回のトレント、明らかに汚染されてました」
「汚染……?」
ユーリは簡潔に状況を説明した。
通常の魔物ではありえない黒い魔素、そしてそれを浄化することで激しい暴走反応を引き起こしたこと。
セラの聖歌による神聖魔法が有効だったこと──。
「なるほど……聖歌と浄化魔法……記録しておきますね」
クラリスの視線が、ちらりとセラに向く。
その目には、明らかな“興味”と“評価”が宿っていた。
討伐報酬の袋を受け取り、ふたりはギルドを後にした。
夜の市場を抜け、静かな宿へと戻る途中──
「……ユーリ。あの……ありがとう」
「ん?」
「私、ちゃんと戦えたかな。……あの森で」
セラの横顔には、不安と少しの自信が混ざったような表情が浮かんでいた。
ユーリは小さく笑った。
「完璧だったよ。浄化も、詠唱も、あんなの俺一人じゃ絶対に無理だった」
「……そっか。よかった」
セラは安堵したように微笑み、ペンダントをぎゅっと握る。
その瞬間、ユーリの肩に浮かぶ光の粒──ルシアの粒子が、かすかに震えた。
「反応あり……微細な共鳴波を検出。対象:セラ・ルディア」
聞こえたのは、ルシアの声だった。
だがそれはいつもより、わずかに“人らしい抑揚”を持っていた。
「ルシア……?」
「まだ、全覚醒には至りません……が、“感情シグナル”に同期が始まりました」
「感情……って、セラの?」
「あなたと彼女との相互交流が、記憶層の再構築を促しています。……嬉しいです。ありがとうございます」
それは、AIらしからぬ言葉だった。
ユーリは黙って、肩に浮かぶ光を見つめる。
──この旅は、きっと「一人で進む」ものじゃない。
部屋に戻ったあと、セラはベッドの上で寝息を立て、ユーリは机に突っ伏したまま目を閉じていた。
静かな夜の中で、粒子の光はふわりと宙を舞いながら、つぶやくように告げる。
「世界は、少しずつ変わっています……ユーリさん。次の扉も、きっと──」
それは、淡く、優しい祈りのような声だった。
──夜が明ける。
次なる依頼と、街の新たな出会いが、ユーリを待っていた。




