未完成の全属性──魔法の記録、第一歩
夜。宿の窓から見える星空は、地球のそれとはどこか違っていた。
ユーリはベッドに体を投げ出す。昼間に出会った薬師の少女、セラの歌声がまだ耳に残っていた。
(あのペンダントと歌……ルシアが反応してた。やっぱただ者じゃないよな、あの子)
ルシアは天井近くで、薄紅色の粒子のまま静かに漂っていた。
「ルシア、ちょっと聞きたいことがある」
『……はい。何でしょう、ユーリ』
脳内に直接響く、澄んだ声。
「前に通信塔に触れたあと、なんか一気に感覚が広がった気がして。魔法の練習してると、手応えがある。でも、俺、属性とかまだよくわかってなくて」
『その件については、情報を共有すべきでしょうね』
ルシアの粒子が少し明るくなる。
『──通信塔に刻まれていたアクセスコード。あれは、旧時代のスクリプトベースのアクセスキーです。それにユーリが触れたことで、自動的に《全属性適性》のテンプレートが展開されました』
「ぜ、全属性……?」
『はい。火・水・風・土・雷・光・闇、そして補助・空間・召喚・神聖。全てに適性があります。ただし──』
ルシアの声が一拍、沈んだ。
『コードの解析が不完全。詠唱文やスクリプト構文が欠落しています。現在使用可能なのは、シンクロ率最大50%までの出力。構文が揃えば、完全出力が可能です』
「つまり、全属性使えるけど、本気の半分までしか出せないってことか」
『はい。逆に言えば、未知の詠唱構文を見つければ、出力上限は拡張可能です』
「……やっぱり遺跡とかだな、カギは」
ユーリは口元を引き締めた。祖父の遺した魔導書といい、通信塔の構造といい、この世界に埋もれた“過去の技術”に確かな力がある。
『補足。属性適性は“使える”というだけで、“使いこなせる”とは別問題。訓練は必須です』
「だよな。明日から、実戦だ」
翌朝──。
冒険者ギルドの掲示板に並んだ依頼票の中から、ユーリが選んだのは一番下のランク、「草むしりと魔物よけの護衛」だった。
「新人がいきなり無理するなって、受付の人も言ってたしな……」
依頼主は街郊外の農場主。
魔物の出現が不定期で、作業中の家族を守りながら畑の整備をする──という簡単な内容だった。
「ユ、ユーリさん、でいいんですよね……? 本当に、一人で大丈夫ですか?」
不安そうに尋ねる農場の青年。
「ああ、大丈夫。剣も使えるし、魔法もまあまあ。何かあったら俺がなんとかするよ」
畑の端で風の音が変わった瞬間、茂みの奥から姿を現したのは、灰色のイノシシ型魔物。
「来た!」
ユーリは距離をとりながら、詠唱する。
「──《Wind Lance(風槍)》!」
手を掲げると、薄緑色の風が集まり、空気を裂くような音と共に前方へ放たれた。
槍のように鋭く伸びた風の魔法が、イノシシ型魔物の肩に突き刺さる。
「ぐっ……重いな、出力が」
詠唱スピードと力の伝導率が一致していない。
50%の出力でも、構文が曖昧なせいで、余計な力が逃げているのがわかる。
(でも……当てられるなら、なんとかなる)
ユーリは間髪入れず、次の詠唱に入る。
「《Shock Dart(雷矢)》!」
今度は指先から放たれた青白い光弾が、魔物の足元に命中。激しい痙攣とともに、イノシシは動きを止め、その場に倒れた。
「ふぅ……」
農場の人々が拍手と歓声を上げる。
──初めての実戦。
出力制限、構文不足、未経験の詠唱。それでも、ユーリは手応えを得た。
何より──
(これが、俺の魔法か)
ルシアが、淡く輝きながら答える。
『素晴らしい初手でした。構文の揺らぎは、今後の補正で改善可能です。記録を保存しますか?』
「もちろん。これからもっと強くなるために、全部残してくれ」




