エインクレストへ──少女と歌と旧時代の光
森の切れ間から平原が開け、風がやわらかく吹き抜けていく。
「目的地、まもなく到着します。進路そのまま、直進四百メートルでエインクレストの城壁が確認されます」
ナビゲーションの声が、運転席左側のホログラムパネルから響いた。声の主はルシア──淡く発光する粒子の姿のまま、ユーリの頭上をふわふわと漂っている。
「エインクレストか……やっとだな」
ユーリは、運転中のX-Runnerをゆっくりと止めた。目の前には、緩やかに続く草地と、その先に小さく見える城壁都市の輪郭。
「……このまま街に入るのは、さすがにまずいか」
X-Runnerは粒子駆動の無音4WD。外観は地球の軍用ビークルにも似た黒く無骨な姿で、どう見ても異世界では浮きすぎる。
「というわけで……収納っと」
ホログラムパネルから“収納”を選択すると、X-Runnerは光の粒に分解され、カードへと一瞬で格納される。
「便利すぎて怖いわ、これ」
そうぼやきながら、ユーリはカードを懐にしまい、徒歩で街へと向かい始めた。
街──エインクレストは、予想していたよりもずっと賑やかだった。
大きな門が開かれており、旅人や商人が行き交っている。
門兵に軽い身分確認を受けるが、特に問題はなかった。村出身の放浪者という体裁で通った。
「……町があるってことは、あるよな」
ユーリは門をくぐった瞬間、すぐに探し始めた。
──冒険者ギルド。
この世界に来てから、幾度となく聞いた言葉。そして、幼少期の訓練中に思い描いていた一歩。
「やっぱり、あった!」
看板には剣と盾のマーク。
扉を開けると、中はにぎわう食堂のような空間で、旅人や装備を着込んだ冒険者たちが談笑している。
受付で手続きすること数分。簡単な適性診断を受け、ユーリは「Fランク冒険者」として登録を終えた。
そのまま、街の宿を探す。
初めての市場では、果物や布、金属製品などが露天で並んでおり、貨幣経済がしっかりと成り立っていることがわかる。
通貨単位は「リヴェル」。
1銀貨=100リヴェル、という換算で、宿一泊が50リヴェル前後。
「この辺の職人はけっこう器用そうだな……加工技術はあるっぽい」
通りを歩きながら、職人の鍛冶や皮加工の腕を観察するユーリ。
ギルドや市場に関わることで、社会構造の基本も自然と学べてくる。
そんな中、ふと通りの裏に小さな看板があることに気づいた。
──《 ルファーナ薬草舗 》
「薬草……? この小さな扉の向こうか?」
気まぐれでドアを開けたその瞬間──
中から、歌声が聞こえた。
静かで、優しく、祈るような旋律。
この世界での“聖歌”──それは癒しを込めた祝詞だった。
だが、特別な効果は現れない。
ただ、少女の胸元で揺れるペンダントが、ほんのり光を放つだけ。
その少女──セラは、栗色の髪を三つ編みにまとめ、おだやかな瞳を持ち、薬瓶を整理しながら小さく歌っていた。
「……誰、ですか?」
「ごめん、通りすがりで。歌、綺麗だなって思って」
「……ありがとう。でもこれは、お薬の精霊にお願いするための歌なんです。効果は……ほとんど、ないんですけどね」
そのときだった。
ユーリの頭上に漂っていた粒子──ルシアが、ピクリと反応した。
「共鳴……?」
電子的な光が、セラの歌に微かに同期するように揺れる。
「この歌、構造があります。詠唱コードに変換可能。……変換すれば、神聖魔法として機能します」
ルシアの声が、静かに、しかし確信をもってユーリの脳に伝わってきた。
「……この歌を、魔法にできるってことか?」
「可能性、極めて高し。ペンダントも、旧時代の発音導入機構が含まれています。彼女の存在、重要」




