王都の社交──交わる言葉、交錯する思惑
煌びやかな照明の下、ユグドラシル一行が王国料理の数々を堪能していると、ふと、力強い足取りで近づいてくる影があった。
振り返ると、そこに立っていたのは──第三前線治療所・防衛隊長のクラウス・エンデルその人だった。
「──昨日は本当にありがとう。あの場にいた者として、心から礼を言わせてくれ。
あなた方は、我々の恩人だ」
彼は背筋を正し、真っ直ぐにルシアたちを見つめながら、深く頭を下げた。
その言葉に、ルシアがやわらかく微笑んで応じる。
「ありがとうございます、クラウス様。
……実は、あの治療所の依頼のおかげで、私たちユグドラシル──冒険者としてのランクアップが正式に予定されていますの」
「ほう、それはめでたいな!」
クラウスの笑みがぐっと深くなる。
「王国の誇りになるべき冒険者たちにふさわしい報せだ。心から祝福するよ」
セラが一歩前に出て、やや不安げに尋ねる。
「クラウス様……あの後、大丈夫でしたか? けっこう無理させちゃったみたいで……」
「……ああ、少しばかりふらついたが、日頃の鍛錬が功を奏した。
すぐに回復したし、報告もその日のうちに完了できた。気にするな」
その口調には、仲間を守る隊長としての誇りが滲んでいた。
だが、アリエルは申し訳なさそうに視線を伏せ、頭を下げた。
「クラウス様……あの、わたしの運転で、少々乱暴な帰路となってしまい……申し訳ありません」
クラウスは肩をすくめて、豪快に笑った。
「はは、謝る必要はない。むしろ、あれだけの距離をあの短時間で戻れたのは、君のおかげだ。
報告のタイミングがずれれば、陛下の耳に届くのも遅れていただろう。
私は心から感謝している」
そのやり取りを聞いていたユーリが、ふと眉をひそめた。
「……なあ、アリエル。その“運転”って、まさか……?」
すると、アリエルは微笑みながら、何気ない口調でさらりと答えた。
「はい、治療所から王都までは、ユーリさんの記憶にあった“ドリフト”を再現して攻めました」
「な──ッ!?」
横でフォークを持っていたユーリの手が止まる。
顔がみるみるうちに青ざめ、やがて両手で頭を抱えた。
「ま、待って……なんでその単語を出すの!? あれ、完全に黒歴史だからっ!」
さらにセラが楽しげに追い打ちをかける。
「そうそう治療所に行くときね、何か嬉しそうに水を入れたコップ置いてたよね。あれ、なんか意味があったのかな?」
「ぐはっ……!」
ユーリは今にも崩れ落ちそうにのけ反り、苦悶の声を漏らす。
カイルが肩を叩きながら吹き出した。
「なるほど。気分だけは“走り屋”だったわけか」
しかし当のアリエルは、悪びれることなく、まっすぐな瞳で微笑んだ。
「……でも、とても楽しかったです。
ユーリの記憶から組み立てたルートと車体挙動は、非常に参考になりました」
その無垢な目の輝きに、ユーリは何も言い返せなくなる。
「……あのさ。アリエル。
あんまり“恥ずかしい青春”を掘り返さないでくれる?」
「はい。でも、また走ってみたいです。次は横乗りでも構いませんよ?」
「お願いだから黙って……!」
そんな彼らのやり取りに、クラウスは目を細め、静かに笑みを漏らしていた。
クラウス隊長としばし語らった後、彼が丁寧に礼を述べて退場していくと──
今度は違う気配が静かに近づいてきた。
「おめでとう、みなさん」
その声に振り返ると、黒と銀のタイトなドレスを着こなした女性がグラス片手に立っていた。
王都冒険者ギルドの代表、リゼ・ヴァルグレイス。
凛とした瞳に揺るぎない威厳と優雅さを宿した、名実ともにトップクラスの冒険者である。
「リゼさん……!」
ユーリが頭を下げると、ルシアが一歩前に出て微笑んだ。
「さっきクラウス隊長に、ランクアップの話をしていたところなのよ」
「ええ、こっちにも報告が入ってるわ。
昇格処理も済んでいるから、後日ギルドに来てくれれば手続きは完了よ」
それを聞いて、ユーリは顔を綻ばせ、仲間たちへと向き直る。
「セラ、ルシア、アリエル──おめでとう」
素直な祝福の言葉に、セラはぱっと笑顔を弾けさせて、両手を胸の前に組む。
「ありがとう、ユーリ。……すごくうれしい」
アリエルは静かに一礼し、ルシアは小さくウインクをして応えた。
「もちろん、ユーリが一緒だったからここまで来られたのよ」
するとリゼが、少し意味深な笑みを浮かべながら視線を向けてくる。
「……ユーリくんも、そろそろ“正式な依頼”を受けてほしいわね?」
その言葉に、ユーリが目を瞬かせる。
「……もしかして、俺も“猶予が迫ってる”とか、そういう話ですか……?」
するとリゼは、肩をすくめて軽く首を振った。
「いえ。そういうわけじゃないんだけど──」
ちらり、とリゼの視線がカイルに向く。
「依頼も受けずに年中ふらふらしてたら、どんな冒険者でも“ランクが下がる”わよね~?」
カイルが眉をひそめ、手にしたグラスを傾けたまま首を傾けた。
「なぜ俺を見るんだ……? 完全に俺のこと言ってただろ今」
それを聞いたルシアが堪えきれず吹き出す。
「図星だったって顔に書いてあるわよ、カイル」
セラも控えめに笑みを浮かべ、アリエルは無表情なまま小さくうなずいた。
「冒険者ランク制度は“記録”と“実績”がすべてです。一定期間活動が確認されない場合は“無活動期間”として降格判定が入ります」
「なぜそんなに詳しい!?」
会話に混じりながら、カイルは静かに顔を伏せた。
リゼはその様子に満足げに微笑みながら、軽くグラスを掲げた。
「ま、とにかく……皆さん。昇格おめでとう。
──次は“Sランク”、目指してちょうだいね?」
その言葉に、全員が思わず顔を見合わせた。
そして、自然と頷き合い、再びグラスを交わした。
ユーリたちがリゼとの談笑を続けている最中──
会場の一角では、別の“主役”がまさに脚光を浴びていた。
エルナ・クロスレインとそのアトリエのスタッフたちだ。
その周囲には貴族の女性たちがぐるりと取り囲み、ひときわ熱のこもった声が飛び交っていた。
「あのドレス、どちらの店でお作りになったのかしら?」
「彼女たち──ユグドラシルのパーティ衣装と同じデザインは、わたくしにも手に入るの?」
「今度の夜会、あなたの手でメイクとヘアアレンジをお願いできるかしら!?」
場の空気はまるで、高名な芸術家がサロンで囲まれるかのような熱狂ぶりだった。
エルナは両手を軽く胸の前で組みながらも、目をきらきらと輝かせていた。
「はい、すべて一点物のカスタムではございますが……ご希望をお伺いできれば近いご提案は可能ですわ」
「メイクも、お顔立ちや雰囲気に合わせてお仕立ていたします。ふふ……もちろん、あなた様にふさわしい魔法をおかけしますね」
言葉の一つひとつに、職人としての誇りと柔らかな気品がにじんでいた。
その様子を、見守っていたルシアが、グラスを傾けながらぽつりと呟いた。
「……パーティにお招きして正解だったわね」
アリエルが隣でうなずく。
「“見る者の評価”というのは、思った以上に影響力を持ちますから」
セラはこっそりエルナのほうを覗き見て、「囲まれてる……すごい……」と目を丸くしていた。
ユーリはそんな三人の様子を見て、ふっと笑みを浮かべた。
「エルナさん、完全に引っ張りだこだね……あれ、ちゃんと帰れるのかな?」
カイルは苦笑しながらグラスを回し、呟く。
「……帰れたとしても、今夜から注文帳は地獄だな。俺なら逃げる」
だが、エルナの表情に疲れはなかった。
貴族令嬢の熱意を受け止めながらも、その瞳は凛として、誇らしげに輝いていた。
「ユグドラシルの衣装を手掛けた者」として、今や彼女たちもまたこの祝宴の主役の一端を担っていた。
貴族たちに囲まれて談笑するエルナたちの様子を眺めながら、
ユーリが小さく息をついたそのとき──背後から、低く、澄んだ声が届いた。
「──これは、失礼を」
ユーリが反射的に振り返ると、そこには威厳を漂わせる一人の老人が立っていた。
白金の法衣に身を包み、胸元には“創聖の輪”──ルシア教の象徴紋章。
その刺繍は特別な魔糸で編まれ、見る者に静かな畏敬の念を抱かせる。
「私はルシア教王都本院、顧問司祭の──アーヴィング・セラフィードと申します」
「……あなた方の活躍、そして──先日の“奇跡”の報せは、すでに耳に届いております」
老司祭の眼差しは穏やかだったが、その奥には鋭い光が宿っていた。
尋問ではなく、対話でもない。だが“真実”に触れようとする意思だけが、確かにそこにあった。
「もし許されるなら、少しだけお話を……“女神ルシア”の御名について」
ルシアはわずかに眉を上げた。
「……その件ね。ええ、どうぞ」
その瞬間、周囲の空気が微かに揺れた。
華やかだったパーティの一角に、微細な緊張の波が広がる。
「見て、あれ……」「あの人、王都本院の大司教じゃないか?」「こんな場に直々に?」
貴族たちがひそひそとささやき、ちらちらと視線を寄越す。
それでもアーヴィングの態度は一切変わらなかった。ただまっすぐ、ルシアを見つめていた。
「教会には、“女神の像が変化した”との報告が届いています」
「──そして、その姿は、貴女によく似ていたと」
「似ていたのは事実よ。でも、それは“信仰の心”が形を取っただけ」
ルシアは静かに、しかし迷いのない口調で返した。
「“女神そのもの”ではないと?」
「私は導き手にすぎないわ。
奇跡を見せたのは私じゃない。……“祈った人々の心”よ」
一拍の沈黙のあと、アーヴィングは瞼を伏せて、長く息を吐いた。
そして、老いた声で静かに続ける。
「……そう言われると思っていました。ですが、やはり不思議でならないのです」
「像が変化したその瞬間、王都本院内に祀られた“聖印”が、すべて一斉に共鳴しました。
まるで、女神そのものが帰還されたかのように──」
その言葉に、ユーリの背に冷たい感覚が走った。
(……やっぱり、何か“反応”してたのか)
同じくアリエルも目を細め、視界の隅でルシアの後方を見つめる。
ナノマシンの密度、魔素の微細変動──全てを無音で測定していた。
ルシアはやがて目を伏せ、ゆっくりと語った。
「世界は今、変わろうとしているのよ。
“古き時代の神”と、“新しい調律”が交わるときに──」
「……“調律”……ですか?」
「秘密よ」
ルシアは微笑み、ほんのわずかだけ肩をすくめた。
「でも安心して。私はあなた方の信仰を否定する者じゃない。
──むしろ、“信じる力”を尊いと思ってるわ」
沈黙が、再び場を包む。
老司祭はその場で長く佇み、やがてふっと口元を綻ばせる。
そして、胸の前で静かに手を重ねると──円を描くように、敬虔な仕草で“創聖の輪”を象った。
「……ならば、それで良いのです」
「貴女が何者であれ、人々の心に祈りがある限り──我らの“女神”は息づいている」
そう言い残すと、アーヴィング・セラフィードは何も問わず、ただ静かにその場を去っていった。
「……ルシア、大丈夫……?」
セラがそっと心配そうに声をかけると、ルシアは短く頷いた。
「ええ。でも……この国の信仰、そう簡単に“偶然”では片づけられないわね」
祝宴は、まだ始まったばかりだった。
そして、静かに息づく“祈り”は、どこかで確かに──何かを揺り動かしていた。
会場の喧騒が一段落した頃だった。
──カツン。
床を叩く鋭いヒールの音が、一歩ごとに空気の密度を変えていく。
耳を澄ませずとも、その気配だけで分かる。場の“格”が違う。
「……っ、寒気がする」
カイルが低くつぶやいた瞬間、ユーリたちの前に一人の女性が現れた。
「はじめまして。ユグドラシルの皆さん」
艶のあるグレージュのドレスに、黒いグローブ。
銀金色のボブショートの髪は緻密に整えられ、その瞳は氷のように冷たく鋭い──
けれどその中に、燃えるような経済の炎を宿していた。
「私は王都商業ギルド代表──ヴェロニカ・デュ・ランフォードと申します」
香油の気品ある香りが、軽く空気を満たす。
その登場とともに、周囲の貴族たちがささやきを交わす。
「ヴェロニカ様よ……!」
「鉄の商会長が……まさかこの場に姿を見せるなんて……!」
「国王ですら無視できない経済の女王よ……!」
彼女は会釈ひとつせず、まっすぐユーリに視線を向けた。
「──あなたが、“カード遊戯”の発案者かしら?」
「え? あ……はい。トランプとオセロを作ったのは、僕です」
「ふうん……ずいぶん“素朴”ね。──でも、悪くない」
ヴェロニカは唇の端だけをかすかに上げて言った。
それは笑みというより、“観察結果に満足した捕食者”の目だった。
「庶民も貴族も、老いも若きも、同じ遊びに熱中する──その発想。……革命的だわ」
「ありがとうございます!」
ユーリが純粋に頭を下げると、ヴェロニカの目がわずかに細くなった。
「──褒めてないわ」
彼女は腰に手を添えて、冷ややかに言い放つ。
「“流行”は毒にも薬にもなる。
あなたが作ったその遊戯が、今や王族の耳目を集めている。
だとすれば──それは、王国経済そのものを動かしかねないということよ」
ルシアが目を細めた。
「……つまり、私たちの“遊び”が……国家経済に影響を?」
「ええ。あなた方は“遊戯”だと思っているかもしれないけれど、私からすればそれは“産業”よ」
その声には、一片の甘さもなかった。
「情報、物流、取引、労働市場──遊戯は数年で文化を変え、人を動かし、通貨を流すわ。
王国の中枢に関わる“商品”を創出したという自覚を持ちなさい」
セラが、思わずごくりと喉を鳴らした。
「おそろしい……でも、なんかすごい……!」
ヴェロニカはゆっくりと視線を巡らせた。
「……あなた方、商会を立ち上げる予定なのでしょう?」
「はい。明日には──」
「その商会、正式に王都の流通網に乗せたいと思っている」
「本当ですか!?」
ユーリが思わず前のめりになる。
「ええ。王都のネットワークに乗れば、あなた方の製品は“王国中に流れる”。
ただし、条件があるわ」
ルシアが表情を引き締める。
「条件……ですか?」
ヴェロニカは、まっすぐにユーリの目を見る。
「半年以内に、“第三の遊戯”を作りなさい」
「──!」
「トランプ、オセロに続く、新たな遊戯。それができなければ……この話はなかったことにするわ。
王都の商路は、閉ざされる」
「そ、そんな……!」
セラが声を上げる。
だが、ヴェロニカは優雅にグラスを傾けた。
「焦らないで。
私は“無能な商人”より、“成長する異端児”の方が好きなの。
伸び代があるからこそ、投資する価値がある。──そうでしょう?」
(……ユーリ、ここではまだ何も言うなよ。とりあえず驚いた顔だけしとけ)
すぐ隣で、カイルの念話が届いた。
ユーリは静かに頷く。
(……わかった)
「──半年以内、ですね」
ユーリは息を整え、ヴェロニカに向かって堂々と頭を下げた。
「わかりました。……全力で、頑張ります」
その言葉に、ヴェロニカは再び笑った。
その笑みは氷の刃のようであり、同時に“未来を見通す目”の煌めきがあった。
「期待しているわ、“若き創造者”さん」
そして彼女は、貴族たちのざわめきを引き連れながら、静かに会場の奥へと歩み去っていった──
ヒールの音だけを、再び高く響かせながら。
鉄の商会長ヴェロニカ・デュ・ランフォードが去ると、まるで一陣の風が通り過ぎたように場の空気が変わった。彼女の残した“半年以内に第三の遊戯”という条件は重くのしかかるものの、ユーリたちは顔を見合わせ、静かに頷く。
「さっきの条件、すぐに達成できそうね」
ルシアがグラスを揺らしながら微笑む。
「だな。ユーリのおかげで、ネタには困らねぇ」
カイルが肩をすくめて言うと、ユーリは困ったように笑った。
そこへ──タイミングを合わせたかのように、ふたりの人物が姿を現した。
「みなさん、楽しんでおられますか?」
軽やかな声とともに現れたのは第一王女エステリナ。
そのすぐ後ろには、レオンハルト・グレイヴ執政官の姿もあった。
「名だたる人物に声を掛けられるとは、いやはや……さすがは王国功労冒険者ですな」
二人の来訪に気づいたユグドラシルの面々は、すぐに姿勢を正し、王族に敬意を示して一礼する。
「王女殿下、レオンハルト様。はい、とても楽しく過ごさせていただいておりますわ」
ルシアがにこやかに答え、会話の輪が自然と広がっていく。
そこで、ユーリはふと思い出したように、レオンハルトへと向き直った。
「レオンハルト様。あの……謁見でいただいた“王国功労冒険者”という称号について、もう少し詳しく伺ってもよろしいですか?」
レオンハルトは、待っていたように穏やかな笑みを浮かべ、ゆっくりと頷いた。
「もちろんです。王国功労冒険者とは、王国に対して特筆すべき貢献を果たした冒険者にのみ授与される、特別な認定資格です。
冒険者としての等級とは別に、王国から“直接”与えられるもので、幾つかの特典があります」
「特典……ですか?」
ユーリが身を乗り出すと、レオンハルトは指を一本立てて続けた。
「まず、王都の中央区画──行政機関や貴族街への自由な出入りが許可されます。
また、王城の関係施設への立ち入りも、“正式な訪問者”として扱われ、事前の厳しい審査は不要となります。
各地の王国駐屯地や前線基地などへの訪問も、ある程度の裁量で可能になります」
「……すごい」
ユーリが思わず呟くと、今度はエステリナが、ふわりと微笑みながら口を開いた。
「それと、王城に正規の来訪者として登録されるということは、王立図書院や技術部門──特に“歴史的資料”の閲覧が許可されるという意味でもありますわ」
「……ということは、古代遺跡に関する記録も……?」
ユーリが目を輝かせると、エステリナは静かに頷く。
「ええ。もちろん、秘匿指定されている資料は除かれますが……。
あなた方の冒険に必要と判断されれば、執政官や学術顧問の推薦を通して開示申請が可能になります」
ルシアが満足げに微笑む。
「探索がやりやすくなったわね」
アリエルも頷きながら言葉を添える。
「行動範囲が一気に広がりますね。……データ取得の許可も申請できるかもしれません」
ユーリはそんな彼女たちの会話を聞きながら、胸の奥にじんわりと湧き上がる熱を感じていた。
──王国から認められたこと。それは単なる名誉ではなく、未来への“扉”だった。
「……ありがとうございます。王女殿下、レオンハルト様。
これからも、僕たちは全力で、遺跡の謎を解き明かしていきます」
その言葉に、エステリナは微笑みを深め、レオンハルトは静かに頷いた。
「期待しております。王国の友として──」
王国功労冒険者という称号がもたらす“行動の自由”──
その可能性に胸を弾ませるユーリたちの傍らで、ふとこぼれた一言があった。
「……私も、外に出て冒険してみたいですわ」
その声の主は、第一王女エステリナ・フィアナ・フォン・ブラバント・アリステア。
口にした本人はあくまで軽い冗談のつもりだったのだろう。だがその声色にはどこか本音が滲んでいた。
「殿下──」
レオンハルトが渋い顔で割って入る。
「公務がございますので、長時間の外出は……控えていただけると、我々としても助かるのですが」
丁寧な口調の奥に滲む、執政官としての苦悩。
「でも、ユーリさんたちと一緒なら危険も少ないでしょう? それに何より、楽しそうですもの」
「……そういう問題ではなくてですね……」
レオンハルトが諦めたように長く息を吐く。
そこへルシアが微笑を浮かべて言葉を重ねた。
「たしか、殿下は召喚魔法をお使いになられるのですよね? 戦力としては申し分ないと思いますよ」
即座に反応する王女。
「そうでしょう? 私、けっこう腕に覚えがありますのよ?
それに王城関係者が一緒なら、遺跡の調査手続きだって即日通るんじゃなくて?」
にっこりと微笑むその様子は、まるで本気で計画しているかのようだった。
ルシアがさらりと応じる。
「いいですね。殿下、一緒に冒険しましょうか。装備も特注でご用意いたしますわ」
「ええ、ぜひ! 私、まだ王国の外に出たことがないの!」
想像するだけで目を輝かせる王女の隣で、王子テオドールが不安げな声をあげた。
「お姉さま……冒険するの……?」
その問いに返したのは、レオンハルトの断固たる否定だった。
「いえ、王子。殿下は冒険などなさいません。これは、ただのご冗談ですから」
「冗談ではありませんわ。本気ですもの」
と、真顔で返すエステリナ。
その瞬間──
パリーンッ、と乾いた音が響いた気がした。
皆が振り返ると、レオンハルトが手元の眼鏡をそっと押さえていた。
もちろん、割れたわけではない。ただ、彼の冷や汗がその音を幻聴のように響かせたのだった。
「……どうか、どうかご再考を……」
レオンハルトの声は、少し震えていた。




